5年ぶりとなる待望の来日公演が決定したことも話題のノラ・ジョーンズ。彼女のデビューアルバムにして、世界を席巻したメガヒット作であり、21世紀を代表する名盤として名高い『Come Away With Me』(2002年)が、リリースから20周年を記念し、2022年5月27日(金)にリイシューされる。今回は、そんな本作をいま聴く意義、そしてCD 3枚にわたって収録されている貴重な未発表音源の聴きどころを、音楽ライターの内本順一が解説した。 *Mikiki編集部
9・11テロの悲しみを癒した『Come Away With Me』
アルバム『Come Away With Me』でノラ・ジョーンズがデビューしたのは2002年2月。自分はその前月の1月にNYの〈Makor〉というギャラリーで彼女のライブを観た。別のアーティスト取材でNYに行ったのだが、「今度ブルーノートからデビューする新人なので、興味あったら観てみて」とEMIのスタッフに言われ、それで足を運んだのだった。廊下の壁には、そのライブの約4か月半前に起きた9・11アメリカ同時多発テロの現場写真と消防士たちの雄姿を捉えた写真がいくつも飾られてあった。昼間には倒壊したビルの跡地を見に行きもした。それもあって、今でも『Come Away With Me』を聴くと、9・11から数か月後の独特の空気感が甦ってきたりする。
テロの混乱と悲しみから4~5か月。世界は、特にアメリカに住む人たちは、アップリフティングで刺激の強い音楽をまだ聴く気になれないでいた。多くの人が癒しを必要としていた。そんなタイミングで『Come Away With Me』が発売された。押しつけがましいメッセージがあるわけじゃなく、ただ静かで、シンプルで、温かくて、優しく心に響いてくる、そういうそのアルバムは、2002年の間にアメリカだけで500万枚、世界で1000万枚のセールスを記録することとなった。
そんなふうにアルバムが爆発的な大ヒットとなり、翌2003年のグラミー賞で主要4部門を含むノミネート8部門の全てを獲得することになるなんて想像もしていなかったときに小さなギャラリーで観たノラのライブは、自分の記憶が確かなら、ジェシー・ハリス(ギター)、リー・アレキサンダー(ベース)、ダン・ライザー(ドラムス)がバックを務めていた。ノラのアルバムが売れてからジェシーはひとりのアーティストとして独立することになるので、彼がバックを務めたライブは今思えば貴重なもの。このライブの2年ほど前から、ノラは彼ら3人とリヴィング・ルーム(ノラが長年ライブの拠点にしている地元のミュージックバー)でライブを行ない、そしてソーホーのスタジオ、ソーサラー・サウンドで初めてのレコーディングセッションを行なっていたのだった。
最新リマスターとデモ、秘蔵音源を収めた3枚組の20周年盤
『Come Away With Me』でノラ・ジョーンズがデビューしてから20年。それを記念した『Come Away With Me [20th Anniversary Super Deluxe Edition]』が5月27日に発売される。CD 3枚組で、Disc 1は『Come Away With Me』の最新リマスター。Disc 2は先述のメンバーを中心に行なわれた初レコーディングセッションのときのデモとそれ以前のデモ。Disc 3は当時クレイグ・ストリート(カサンドラ・ウィルソン、ミシェル・ンデゲオチェロ、リズ・ライトほか)をプロデューサーに迎えてデモに新たな色付けをしながら録り直したものの、ブルース・ランドヴァル(ブルーノート・レコード社長。2015年没)が拒否して世に出なかったバージョンを集めたもの。ノラ自身と、当時からノラの作品を手掛けてきたブルーノートのイーライ・ウルフがこの3枚組の監修を務めた。
まず、『Come Away With Me』の最新リマスターが非常にいい。ただでさえ音質の優れた作品として知られ、今でもオーディオ機器の新製品紹介などで試聴盤になることが最も多い『Come Away With Me』だが、元の音源のナチュラルな質感が少しも損なわれることなく本質的なリマスタリングが施されている。当時マスタリングを担当したテッド・ジェンセン自身がリマスタリングしていることと、使用されているのがアナログテープであることが大きいのだろう。ピアノ、ベースといった楽器の音の抑揚が自然に高められ、例えば代表曲“Don’t Know Why”ならリー・アレキサンダーが目の前でベースの弦を弾いている様も見えるようだ。