Page 2 / 4 1ページ目から読む

PRINCE 『The Gold Experience』 NPG/Legacy/ソニー(1995)

 93年の誕生日に発音できないシンボルマークへの改名を宣言したプリンス。作品のうえではそれ以降もしばらくはシングル“Peach”などでプリンス名義は使用されていたものの、同名義で発表したアルバムという意味ではこの『The Gold Experience』が最初の一枚である。つまりは〈心機一転〉といった意味合いの強い作品ということになろうが、そんなシンプルな話でなかったのは歴史が示す通り。不和を隠すこともなくなった彼は、ワーナーとの契約に縛られた〈プリンス〉を葬りつつ、自分自身は別のアーティストとして契約の外側に出ようとした節もある。もともと同時期に構想されていたワーナーでの『Come』(94年)はプリンスを埋葬する作品で、それと同時に新しい自分は自主レーベルのNPGからこの『The Gold Experience』を発表し、新たな夜明けへ向かうイメージを描いていたようだ。

 とはいえ、そういった背景のややこしさなどをすべて無視して聴いても差し支えない現在の目線からすれば、これほどポップで痛快なプリンスのアルバムというのもなかなかないのではないか。前口上の役割を果たす幕開けの“P Control”から饒舌なマイク捌きは快調そのもの。日本ではK-1中継のオープニングに起用された豪快無比なスタジアム・ロック“Endorphinmachine”に聴き覚えがあるという人も多いだろうし、ロック系のナンバーでは輪廻転生を歌った抒情的な“Dolphin”も美しい。連帯を歌うコンシャスな“We March”、90年代感のあるノーティなラップ・チューン“Now”、ホーンをあしらったセクシャルな“319”やソリッドで痛烈なPファンク風味の“Billy Jack Bitch”、そして“Eye Hate U”などの素晴らしいスロウ群……と楽曲ごとの色分けや役割も明快だ。当時のインターネット観を反映して〈体験にアクセスする〉というインタールードによって進行するトータルの聴き心地もいい。何より、掟破りの自主シングルとして久々の世界的なヒットを記録した必殺のバラード“The Most Beautiful Girl In The World”がある。

 併せて特筆すべきは本作における演奏陣のタイトな一体感だ。NPG結成時から在籍するソニー・トンプソン(ベース)、マイケル・ブランド(ドラムス)、トミー・バーバレラ(キーボード)に元マザラティのMrヘイズ(キーボード)を加え、ダンサーのマイテが色を添えた陣容のカッコ良さは、バンドにおける唯一のギタリストとなったプリンスのソリッドなプレイを重厚なボトムと派手なシンセワークが支え、そこに生じるダイナミックなスケールの大きさはこの編成での集大成のようにも思える。悟りに近いメッセージを送る“Gold”での豪華絢爛なラストは、それこそ『Purple Rain』にも比肩するエンディング感かもしれない。

 そう思えば、多くのプロジェクトが浮かんではボツになっていった混沌の時期にありながら、プリンスが当初のヴィジョンにこだわり、周囲と折り合いをつけてでも世に出したかったアルバムだというのも頷ける。彼のポップな華やかさや王道的なバランス感覚が伝わる親しみやすい名盤だ。

左から、プリンスの95年のミックステープ作品『The Versace Experience Prelude 2 Gold』(NPG/Legacy)、プリンスの94年作『Come』(Warner Bros.)