
Photo by 植本一子
戦争や災害で当然だったものが無くなる。しかし人は必ず立ち上がる
――収録曲について訊かせてください。まずは1曲目“灰のうた”ですが、芸術家の松井一平さんが作詞を担当されていますね。〈参加と不在が交わされ/列から消えても/倒れなかった/この街〉という歌詞が、特に心に残りました。
「そのフレーズ、私もすごく好きです。
一平さんから詞をもらった時には、サビは繰り返す構成じゃなかったんです。でも、どうしても繰り返したいと思って、付け足しました。1回目のを歌った後の間奏はマイナーコードで始まるんですけど、2回目はメジャーで明るい軽やかな感じで終わっていくんです」
――音楽的な効果で違った印象を持って響いてきますね。この街では悲劇もあったけど、希望も生まれくる、という経過が見えてくるようです。
「戦争とか災害があって、それまで当然だった確かなものが無くなる。それ自体は悲劇なんですけど、必ずまた人は立ち上がって、新しい時間が流れていく――それを2回繰り返すサビで表したかったんです。〈取り戻せないことの上にも/僕ら立っている〉も印象的ですよね。取り戻せないものはあるけど、新しい何かがまた生まれてくる。決して暗い詞ではないですよね」
――松井さんとは、〈おきば〉というユニットでライブをしたり、2013年には画文集「おきば」を出してますよね。2015年には7インチEP『いしとゆき/幻のありか』もリリースされている。松井さんの歌詞の魅力ってどんな部分にあると思いますか?
「ご本人の絵と近い感じがしますね。必要最小限、無駄な言葉がない。少ない言葉で抉り出すものが深いところが好きです。
本人的には“灰のうた”は言葉が暗く響かないか心配だったらしいんです。でも、曲と詞が合わさって、希望に結びつく表現になっていたので嬉しかった、って言ってくれました」
――確かに詞そのものには、重苦しさもあると思うんです。でも、先ほどの転調やストリングスが効いていて、焼け跡に朝陽が昇るような希望に満ちたイメージが湧いてきます。
「ピアノでこの曲をやる時は、盛り上がるところは一人で弾いちゃうんですけど、せっかくレコーディングするなら、やっぱりオーケストラを入れたいって思って。昔『愛の秘密』(2009年)に参加してもらった、未知瑠さんにアレンジしてもらいました。こういうアレンジで録音したのは久しぶりでしたね」
――2曲目はMC.sirafuさん作詞の“良い帰結(Good End)”。1曲目も街の歌でしたが、こちらは都市が舞台になっています。どちらも街に暮らす人の息吹が通っている感じがするのが、素晴らしいと思います。
「〈恋しさと 切なさと 心強さと〉みたいなところあるじゃないですか」
――〈創造は土地からはみ出して/塔の先が天に届くほどの/愚かさと せつなさと 心強さと〉の部分を言ってます(笑)?
「その部分です(笑)。これって、人間が作ったもの、例えば、タワーマンションみたいなものを見上げて、そういうことを思っている風景かなと思うんですが。私としては〈タワマンを見上げても心強さは別に感じないな〉と、思いながら歌ってます(笑)。でも、ここがオマージュとして肝なんだろうと思ったので、そのままでいきました」
――街に暮らす人々の視点が交錯する情景を捉えているリリックだと思いました。そういう堅牢な人工物に心強さを感じない人も居る気がします。
「確かに、色んな人の感覚を取り入れていますよね。
ちょっと不思議な歌詞だと思うんです。〈ループライン〉って言葉が出てきますけど、具体的にそれが何かははっきりしない。でも〈あぁ、もういつからか/ネオンの震えに気づいたよ〉みたいなラインは解像度が高い。この部分、すごく好きですね。〈震え〉って言葉が出てくるのがスゴイ。遠くから見たら、ただのネオンの明かりだけど、近くで見るとチリチリと震えて光っている」
――この曲、寺尾さん流のヒップホップではないのかな、と。『楕円の夢』(2015年)の“リアルラブにはまだ”に近い要素も感じました。
「“リアルラブにはまだ”はラップというか、よくわからないものですね(笑)。この曲は、sirafuさんの詞が韻を踏んでいるので、その要素は掬ったかもしれないです。
sirafuさんのリリックは、うつくしきひかり(MC.sirafuと中川理沙によるユニット)を聴いた時からいいと思っていて、いつかお願いしたいと思ってたんです。ようやく実現しましたね」