怒りや叫びを伴うカタルシスではなく、すべてが過去になって壊れゆく無常の世界をただ漂う自然体の音楽──平成元年に生まれたけものは平成の終わりに何を思い、何を歌う?

 スティーヴ・アルビニにプロデュースを託し、血の滴るようなオルタナ・ロックの肝を抉り出してみせた『Silence Will Speak』の衝撃から4か月。GEZANのフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポーの2019年は、5年ぶりの歌ものソロ・アルバム連続リリースという挑戦的なアクションで幕を開ける。その1作目『不完全なけもの』は、マヒトの操るギターとシンセのミニマルでエフェクティヴな音響に、シンプルを極めた美しいメロディーと朴訥な歌声を乗せたもの。GEZANの持つロック的カタルシスとは真逆の、穏やかな音像が胸に染み入る素晴らしい作品だ。

マヒトゥ・ザ・ピーポー 不完全なけもの 十三月(2019)

 「ソロを作るタイミングは何度かあったんですけど、平成が終わると聞いた時、自分は平成元年生まれだし、曲が持ってる皮肉や批評性のようなものを置き土産的な感覚で未来に響かせれたらと思い、平成のうちに出そうと思ったのがきっかけですね。決してパーフェクトとは言い難い自分の生きてきた時間への愛憎をオープンリールで録っていて、シンプルだけどヴィンテージ感のある音になってると思います」。

 マヒトゥ・ザ・ピーポーの歌ものソロ・アルバムは過去に2作あり、いずれも一人多重録音が基本だったが、今回はほぼ全曲にゲストが参加。寺尾紗穂、ビートさとし(skillkills)、山田碧(the hatch)、岡村基紀(odd eyes)、知久寿焼、カルロス(GEZAN)といった気心の知れたミュージシャンと、音で対話する温かい感触が伝わってくる。

 「寺尾さんは水のような人で、どこへでもすっと流れていって濁ることがない。窓をあけたら吹き込んでくる風のような感じでスタジオに来て、練習なのか本番なのかわからないうちにするすると録音できてました。知久さんは新しい特殊な生き物として存在しているから、先輩だとかリスペクトだとかいう感覚がまったくない(笑)。年齢を超越してて感覚的に友達と言えちゃう感じで、これまで関わってきたドキュメントがちゃんと形になってる。ソロは自由にできすぎるから、自分の作ったイメージの強さに自分自身がやられちゃう時があるんですけど、ゲストの人が関わってくれたおかげで客観的なものになっていって、今の世界との明確な接続詞になってくれた気がしてます」。

 アコースティック・ギターのリズミックな爪弾き、ウィスパー・ヴォイスが柔らかく流れる“Wonderful World”を筆頭に、アルバム序盤は軽快な聴き心地の曲が並ぶ。中盤には寺尾紗穂のピアノとコーラス、山田碧のトロンボーンが深い情緒を描く“失敗の歴史”“めのう”など凛としたバラードを置き、後半は知久寿焼とデュエットした陽気な“かんがえるけもの”を経て、一滴の水から大河に至るが如く音空間の広がる大曲“Holy day”へ。叫びも怒りもなく、ただそこにいて歌うマヒトゥ・ザ・ピーポーの、なんと自然体なことか。

 「俺には生活がないとか、いつもぶっ飛んでるとか、そう思ったり人に言ったりしてるけど、けっこうちゃんと生活あるなって思ったりして。ソロの曲には、そういうスナップ写真みたいな感覚もあります。日記みたいに、誰に見せるわけでもなくその日あったことをただ書く、そういう生活の中の個人的で本質的なものにも未来に対する警告が混ざってるのが今作を作って驚いたこと。自分の意思というよりは、自分の中にあるイメージを散歩させるような感覚なので、曲の主人公は自分ではなく童話的でファンタジーだと思ってます。その主人公はため息をつく側から、柔らかい音像の裏側から警鐘を鳴らしてる」。

 コンセプチュアルな統一性を感じるアルバムだが、なかでも象徴的なのはリード曲“失敗の歴史”と“Holy day”。不安定なこの世界を〈失敗の歴史〉と位置付ける冷徹な哲学、あらゆる生の営みを〈すべては移ろい/思い出になってゆく〉と、死への前進へ反転させる視点は、マヒトがこれまで歌い続けてきたSF的世界観=終末の美学の集大成と言ってもいい。

 「ずっと思っているのは、世の中は破綻に向かっていて、どんどん壊れてゆく流れには抗えないということ。もともと自分でどうにもできないことはどうなってもいいと思っていて、前提としてそこに期待していない。たとえばTwitterとかでいろんな主義主張が飛び交ったり、信念を持つ人はいっぱいいるけど、人に何かを主張して集団になり力を得ても、また新たなカウンターが生まれる。そもそも全部がクリーンで、正しいことは正しく存在するはずだという、そんなキレイな世界が用意されているわけがない。“失敗の歴史”に潔さがあるとしたら、悲観ではなく諦めだと思います」。

 ソロ活動のために新たに撮られたアーティスト写真の舞台は、10年前にGEZANをスタートさせた思い出の地、大阪・新世界。マヒトいわく〈あらかじめ古くなっていくことを想定される街〉には、壊れゆく世界への鎮魂歌がよく似合う。

 「全部が過去になることが想定されている、自分もその大きな流れの一つでしかない。それは過去にとらわれているわけではなくて、あらかじめ過去になることが約束された時間を、それがわかったうえで鳴らすことは、むしろ未来的だと自分は思うんですよね」。

 連続リリース第2弾『やさしい哺乳類』は4月24日リリース。平成が終わる間際にマヒトゥ・ザ・ピーポーが歌う、未来の歌に注目してほしい。

 

参加ゲストの関連作を一部紹介。