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宝物だし集大成だし門出

七尾旅人 『Long Voyage』 SPACE SHOWER(2022)

 大量にできた曲のなかから、そのように訴えかけてきた曲だけを残して作ったのが、3年9か月ぶりとなる新作『Long Voyage』。結果的に2枚組17曲入りの大作となったが、聴けばそこまで重量級という印象はなく、濃密ではあるけれども、ある種の抜け感があって親しみやすい。初のバンド・レコーディング・アルバムであることによる音の一貫性と、そのメンバー、及びゲスト・ミュージシャンたちとの親密なやりとりを旅人自身が楽しんでいることが大きく影響しているのだ。

 「レコーディングはこれまでで一番楽しかったですね。いままでは家で下手な打ち込みを何か月もやって、部分的に仲間の手を借りたり生音に差し替えたりという作り方でしたが、今回はとにかく生音で全体を録ろうと決め、バンドものに関しては打ち込みデモをメンバーに渡してからリハスタで2日ほどバンド・アレンジに翻訳し直して、3日目にベーシックを録ってしまうというやり方をした。これは驚異的に早いなと思いました。昔からルー・リードやジョニ・ミッチェルみたいな、バンド・サウンドと共に年輪を重ねていくアーティストに内心の憧れがありましたし、この先の創作がますます楽しみになりました」。

 こうも続ける。

 「僕は、音楽には無限の可能性があると信じていて、映画とか文学作品に負けないくらい射程の広い巨大なものを音楽で作れると、十代の頃からずっとそう思っているんです。だから2枚組のセカンド・アルバム『ヘヴンリィ・パンク:アダージョヘ』(2002年)や3枚組規模だった『911FANTASIA』(2007年)、『兵士A』(2016年)など、その都度冒険をしてきましたが、若さもあって、作品の大きさに振りまわれてしまうこともありました。毎回、生活が半壊するほどボロボロになってしまって。今回はやっと理想的にコントロールできたというか、何種類かの楽器で全体の曲想を完結させるというバンド録音の魅力がわかったので、意図的に抑制をきかせながら、リスナーが聴きやすい流れとサイズ感に収められました。これまで以上に大きなテーマを、より洗練させた形で音楽作品に落とし込めたということ、それから多様でマジカルな響きをバンド形態でも鳴らすことができたということ。それを初めて両立できたという意味でも、このアルバムは自分にとっての宝物だし、集大成だし、新しい門出だなと。レコーディングが終わってマスターが完成したとき、ここまで活動してきてよかったなって、初めてそう思いましたね」。

 ロング・ヴォヤージュ。長い航海。それは七尾旅人という音楽表現者にとってのこれまでとここからを意味する言葉であると同時に、変動・流動していく世界、その歴史の連なりを意味する言葉でもあり、そこに飲み込まれ、追い詰められ、もがきながらも生きようとする人々の人生や命の輝きを表わした言葉でもある。旅人の視線には厳しさと優しさがあり、悲嘆もあるが救いや希望もある。壮大な曲があれば、軽やかで可愛らしいポップソングもある。それらが散らばって点在するのではなく、曲と曲とが呼び合い、繋がり合って、まるでひとつの世界、ひとつの生命体のようにそこにある(いる)といった印象を受ける。

 「アルバムの2曲目“crossing”の歌詞に、横浜ベイブリッジの上から停泊中のダイヤモンドプリンセス号を見るシーンがあるんですが、その後もコロンブスが乗った植民地時代の船だったり、奴隷船だったり、ウクライナ侵攻の軍事作戦で動く船だったり、うちの近所の東京湾フェリーだったり、イカダだったり、いろんな船が登場します。そして様々な人たちの哀しみや喜びがパッケージされている。航海というメタファーで、世界のこと、それから日本のことや、僕自身がこの数年間で触れた大切なものを描いています」。