タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部

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21世紀都市圏のポピュラー・ミュージック

 今年の夏はシティポップ関連の企画にお声がけいただく機会が何度かあったので、あらためてシティポップについて自分なりに考えてみた。まず、大枠としてシティポップは都市の風景、そこでの出来事や人の営み、それに起因する人の心の動きが描かれている楽曲といえるだろう。現在、シティポップと呼ばれる音楽は、狭義では1970年代中盤から1980年代後半に制作されたものを指すことが多い。高度経済成長から本格的に進行する都市化と農村の過疎化のなかで、都市圏とそれ以外の文化的差異が広がってゆく頃だ。深夜営業のカフェやバー、ディスコ、映画館、夜中に電話をかけて会うことのできる一人暮らしの友人や恋人、見知らぬ人との出会いと別れ――これらはすべて都心部に特権的に備わっていたものであり、シティポップと称される曲のなかで歌われる歌詞には、まさにそうした都心部に特有のあれこれが含まれていた。そして、複雑かつ洗練された都会のイメージを表すべく、サウンド面ではアメリカのアーバンなソウルやディスコ、ウエスト・コースト・サウンドなどがおもに参照されたのだった。こうした「都市圏のポピュラー・ミュージック」は、都市郊外以遠の人々にはある種の憧憬を、都市圏の人々には共感をもって迎えられたわけだが、それを媒介したメディアのなかでも都市のライフスタイルと文化を紹介した雑誌の影響力は大きかっただろう。”Magazine for City Boys”を掲げた『POPEYE』の創刊は1976年である。

 バブル期以降、都市郊外から地方まで開発の手がおよんでゆくにつれ、均質化が進んでゆく。次第に都市の特権性は弱体化し、シティポップは一度は過去の音楽となっていったわけだが、ここ数年はリバイバルの機運も著しいのはご存じのとおり。近年では過去のシティポップにインスパイアされた国内の新録楽曲のリリースも少なくない。それらはかつてのシティポップのサウンド面にフォーカスした作品が多いように感じるのだが、では、都市の特権性が薄れたこの時代にあって、往時のシティポップの歌詞とサウンドの両面から立ち上る独特のアトモスフィアを持ったアーティストやグループがすっかりいなくなってしまったかといえば、そうではない。たとえばクニモンド瀧口のソロ・プロジェクト「流線形」が展開する音楽は、21世紀にふさわしい「都市圏のポピュラー・ミュージック」だ。ソロ・プロジェクトといいながらも、近年はバンド形態をとっており、2022年リリースの『サン・キスド・レディー』(ナツ・サマー&流線形の名義)、『インコンプリート』はいずれもバンドでの演奏である。最新作『インコンプリート』はセルフ・カバーも含む作品で、ベーシック・トラックとボーカル・パートは6年ほど前に録音を終えていたそう。にもかかわらず少しも古びた印象がないのは、打ち込みを排した丁寧な生演奏によるサウンド・プロダクションと、かつてのシティポップのおはこだった都市固有文化の描写のムードは残しながらも余白を持たせることで普遍性を獲得した歌詞があるからだろう。流行におもねらず、自分の好きな音楽や影響を受けた音楽を素直に作品に昇華させているからこそのタイムレスな魅力が流線形の音楽にはある。

 ところで流線形の名は松任谷由実のアルバム『流線形’80』から採られたということだが、わたしが流線形という言葉から連想するのは1930年代のアメリカだ。この時代、流線形すなわちストリーム・ラインは空気抵抗を少なくするという機能的観点からまず大型飛行機、続いて自動車のフォルムに採用され、それがデザインとして家電やファッションにも取り入れられて爆発的に流行した。流線形は近代化のシンボルだったのである。そんな1930年代について海野弘は「〈スイート・アンド・ビター〉(甘く、にがい)時代だった」と記しているが(フィルムアート社刊『流行の神話 ファッション・映画・デザイン』)、この〈スイート・アンド・ビター〉な感じは、流線形の音楽にもあてはまるような気がする。

 


PROFILE: 青野賢一
1968年東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍「音楽とファッション 6つの現代的視点」(リットーミュージック)を上梓した。

 

〈LIFE MUSIC.~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2022年9月25日(日)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.466」に掲載。