
初のベスト盤に聴く、RYUSENKEIの頑強なる美学
2003年、流線形が私たちの前にその姿を表したときの新鮮な驚きを、改めて現代のリスナーに対して説明するとしたら、どうすればよいか。〈シティ・ポップ・リヴァイヴァルの急先鋒〉? 確かに、結果的にはそういう役割を果たした面も大いにあるだろう。しかし、忘れてはならないのが、彼らが始動した当時は、現在のような大規模のリヴァイヴァルを経た意味で使用される〈シティ・ポップ〉という概念はいまだ存在していなかったということ。むしろその用語は、80年代産のニューミュージックの一部を同時代のメディアが恣意的にカテゴライズした例に引きずられる形で、〈懐メロ〉的な意味合いが濃かったということだ。
クニモンド瀧口、押塚岳大、それにヴェテランの林有三の3人によるバンド形態で制作された流線形のデビュー・アルバムのタイトルが『CITY MUSIC』だったことも、おそらくはそうした背景と無関係でないと思う。私自身、彼らの音楽は、そのデビューから現在に至るまで、ごく単純化された意味での〈シティ・ポップ〉であったことはなく、〈シティ・ミュージック〉と形容したほうがより適切であろうと考えているし、他でもない瀧口自身も、流線形〜RYUSENKEIの音楽を〈シティ・ポップ〉と明確に定義した例は(状況論としてのシティ・ポップ流行などに触れる場合は別として)皆無なはずだ。
そもそも、この〈シティ・ミュージック〉という言葉には、歴史的に興味深い成立過程がある。ここでは細かい語義論争に深入りする紙幅はないが(気になる方は拙編著「シティポップとは何か」にあたってほしい)、端的に言うと、シティ・ミュージックという名称には、マーケティング用語としてのシティ・ポップが定着する時点=80年頃より前に、例えばティン・パン・アレーやシュガー・ベイブ周辺の先駆者たちによるサブカルチャー的な実践や、あるいは(後にAORと名指しされる)ソフト&メロウな洋楽ポップスが一部でそう呼ばれていた、という経緯があるのだ。つまり、マーケティング用語としての〈シティ・ポップ〉という語には、はじめから類型的な表現へ安住しようとする心性が、片や〈シティ・ミュージック〉には、そうした類型化を被る以前の、ある特異な表現形態が生まれ出る際に特有のオルタナティヴなムードが内包されていた。瀧口はじめ、当時のメンバーがこうした語義上の差異をどれくらいまで意識していたのかは置くとして(仮に偶然だったとしたら余計に批評的だと思うのだが)、流線形の音楽には、明らかに〈オルタナティヴ〉への志向が感じられるのだ。
今回登場した初のベスト盤『Time Machine Love 2003-25 RYUSENKEI』は、2003年のオムニバス作品『TOKYO BOSSA NOVA ~primavera~』収録の田岡美樹をフィーチャーしたレア曲“東京コースター”を皮切りに、サノトモミをヴォーカルに迎えた前述の『CITY MUSIC』、一十三十一との初邂逅作となった『TOKYO SNIPER』(2006年)、比屋定篤子とのコラボレーション作『ナチュラル・ウーマン』(2009年)、堀込泰行を迎えた『インコンプリート』(2022年)、Sincereとの二人体制で制作された『イリュージョン』(2024年)と最新シングル“真夏の瞬間”に至るまで、全キャリアから万遍なくピックアップされており、入門編としてうってつけの作品といえる。他方、一部トラックはオリジナル・アルバム収録版とは異なるリエディット・ヴァージョンとなっており、マニアにも嬉しい仕様だ。
いまとなっては手作りの質感を感じさせる初期録音を始点に、さまざまなプレイヤーやシンガーを迎えながらメキメキと完成度を増していく流れは、流線形というバンド/ユニットが、長い時間をかけながらいかにしてみずからの表現を熟成/深化させていったかをごく説得的な形で伝えている。ハーモニーやアレンジの妙、録音とミックスの精度、各シンガーの個性、歌詞世界の構築法が時を追うごとに変化しつつ、瀧口のヴィジョンが都度鮮明に具現化されているのがわかる。多くのプレイヤーが行き来しつつも、何よりもまずプロデューサー瀧口が主導する創作空間でもあるという意味では、彼の存在をクインシー・ジョーンズやバリー・ホワイト、ハービー・ハンコックらの先人に例えてみることも可能だろう。
そのような視点の元に聴いてみると、表面上の編成やサウンドの変化を超えた部分で、デビュー時から不変の美意識に貫かれていることも改めてはっきりとわかってくる。クインシー・ジョーンズやハービー・ハンコックが、どんなに表現手法を変えながらもポップ・ミュージックとしてのジャズのエレガンスを手放さないように、あるいはまた、バリー・ホワイトが、どんなに美麗で甘い表現を重ねようとも、ソウル・ミュージックのグルーヴを失わなかったのと同じように、クニモンド瀧口も、どんなに時代が〈シティ・ポップ〉の饗宴にうつつを抜かそうが、みずからの〈シティ・ミュージック〉が保存し続けている繊細な美学を放り出すことはなかった。メロウで柔らかく夢見心地だが、同時に大変に頑強な音楽がここにはある。
RYUSENKEIの流線形名義を含む作品。
左から、2003年作『CITY MUSIC』(APRIL)、2006年作『TOKYO SNIPER』、比屋定篤子との2009年のコラボ作『ナチュラル・ウーマン』(共にLong Happiness)、一十三十一との2020年のサントラ『Talio』(ビクター)、ナツ・サマーとの2022年のコラボ作『サン・キスド・レディー』(CMT)、2022年作『インコンプリート』(Happiness)、2024年作『イリュージョン』(アルファ/ソニー) 、2025年の7インチ“真夏の瞬間”(ソニー)