2023年に結成40周年を迎えるカーネーション。バンドが3人編成で新たなスタートを切り、タイトでシンプルなロックに舵を切った記念碑的作品が『LIVING/LOVING』(2003年)だ。そんな同作のリリースから20周年を記念したツアーが、2023年5月14日(日)に東京・六本木のBillboard Live TOKYOで、5月21日(日)に大阪のumeda TRADで開催される。両公演は、今なお色褪せない楽曲の再現に留まらず、それらが現在の解釈で演奏されるモニュメンタルなステージになるだろう。さらに、同作の初のアナログ化も決定。今回はツアーの開催に向けて、音楽ライターの松永良平(リズム&ペンシル)が綴った。 *Mikiki編集部
なぜこのアルバムは何度も心をわしづかみにするのか
このギターは、この歌はどこから聴こえてくるのか。そしてなぜ、このアルバムは何度も何度も心をわしづかみにするのか。
長く音楽を聴いていればすこしは耐性ができてもいいようなものなのに、その音に触れるだけで繰り返しそんな魔物に襲われてしまう。誰にだってそんな音楽のひとつくらいはあるだろう。〈個人的には〉とあえて但し書きを入れるが、カーネーションの『LIVING/LOVING』は、僕にとってそんなアルバムだ(まだ聴いたことがなかったらあなたにもそうなってほしい)。リリースから20年経った今でもなおこのアルバムに揺さぶられ、張り倒され、助けられている。
3年半のブランクとトリオでの再始動
オリジナルアルバムとしては通算11枚目。2003年8月27日にcutting edgeからリリースされた。前作『LOVE SCULPTURE』(2000年)からのスパンは約3年半。その程度の間が空くこと自体は、現代の音楽業界では決して珍しくはない。しかし、91年から2000年までに8枚の新作アルバムを発表し、ワーカホリックに駆け抜けてきたこのバンドにとって、この3年半は異例のブランクだった。そして、その停滞をもたらしたのは、90年代に築き上げたアンサンブルの要であった主要メンバーであるキーボードの棚谷祐一、ギターの鳥羽修が脱退したというバンドの歴史を揺るがす〈大事件〉だった。
しかし、カーネーションは、直枝政広、大田譲、矢部浩志のトリオバンドとしての活動継続を決めた。『LIVING/LOVING』完成に先駆けてリリースが始まったデモ音源CDシリーズ『VENTURE BUSINESS』(Vol.1~Vol.3)に収められた曲は、それまでバンドが施工してきた緻密さではなく、直枝の弾くパワーコード、大田の太くうねるベース、矢部の直感的でダイレクトなドラムを主体とした野放図なシンプルさに生まれ変わっていた。ごまかしの効かないアンサンブルが放つパワーは、それまでのカーネーションのリスナーを戸惑わせつつも、ある種のゲームチェンジャーとして鳴り響くものだった。それまでカーネーションを曲者のベテランポップバンドと見て距離を置いていた層を、むき出しのロックが振り向かせた。
傷つき、痛めつけられ、ひざまずきかけた不屈の音
3人でやる新曲を書くにあたって、直枝が影響を受けた作品のひとつにアレックス・チルトンの『Loose Pussy And Tight Shoes』(99年/USでは『Set』のタイトルでリリース)がある。奇しくも新生カーネーションと同じトリオ編成であり、ジャズ的な響きの変則コードをR&B楽曲でガレージパンクのように鳴らすチルトンのギターの音に惚れた直枝は、同じモデルを買い求めたほどだった。実際、『LIVING/LOVING』の特別なオープナーとなった“やるせなく果てしなく”から、直枝の目指した音像を瞬時に感じ取ることができる。
さらに、このアルバムをヘッドホンで聴くとよくわかるが、このギターは底から響く。キラキラしたカラフルな要素を排しただけでなく、音像の底から鳴っているように、そのリフは配置されていた。〈せつなさ〉や〈ざわつき〉といった漠然とした感情を音で表現する上で、この音像の配置は発見であり発明だった(無論、直枝の歌も生々しく素晴らしい)。傷つき、痛めつけられ、ひざまずきかけた不屈の音。〈やるせなく果てしない悲しみ〉を蹴り飛ばすことができるのは、魂の底が燃えているからだ。