(左から)直枝政広、大田譲
 

カーネーション、通算18枚目のオリジナルアルバム『Turntable Overture』を興奮しながら聴いた。前作『Suburban Baroque』(2017年)は2人体制になってからのカーネーションの集大成とも言えるしなやかな傑作だった。当時50代後半だった直枝政広、大田譲が培ってきた強さと年齢を重ねて音楽を続けてゆく覚悟みたいなものが如実に表れていると感じた。

あれから4年と少し。カーネーションは結成35周年の大きなイベントを行い、直枝、大田はいつの間にか60歳を超えた。そして今年、本人たちには災難だったが2人とも新型コロナウイルス感染症に罹患した。そんな日々を超えて届いたこの新作。人生の大きな山を越えた安堵の穏やかさが支配していたとしても別に文句はなかった。だが、1曲目の“Changed”から、一気に引き込まれ、踊らされ、振り切られてしまった。

38年目のカーネーションは、とてもストレートでかっこいい。それでいて、まるで開き直ったかのように曲調も自由。歌詞もぶっとんでみたり、来し方行く末を眺めてみたり、この期に及んでまだ道に迷ってみたり。この音楽の人生に結論なんか出るはずないことをすっかり観念して楽しんでいる。ますますわがまま(自分のまま)になったカーネーションのおもしろさが表れたこの新作について、2人に存分に語ってもらった。

カーネーション 『Turntable Overture』 PANAM(2021)

声はぜんぜん問題ないです

──アルバム完成直前でのお二人の新型コロナウイルス陽性のニュースには本当に驚きました(2021年9月7日に公式発表)。直枝さんは入院されたとはいえ、お二人とも大事には至らずで安心しました。もう体調は大丈夫ですか?

直枝政広(ヴォーカル/ギター)「すっかりいいですよ。ぼくの場合、咳はなかったし、声はぜんぜん問題ないです」

──直近で予定されていたライブが延期となったのはもちろん、新作『Turntable Overture』のレコーディングも中断してしまい、ハラハラしました。

直枝「残すは1曲の歌詞と歌が数曲、あと歌の直しと自分のギターダビングという感じだったんです。ホーンやコーラスとか、大きめのダビングは終えていました。でも、僕が入院して時間を失ったからね。そのぶんエンジニアの原(真人)くんに大変な思いをさせちゃったな」

──オリジナルアルバムとしては前作『Suburban Baroque』から数えれば4年ちょいのインターバルですけど、その間は結構な忙しさでしたよね。35周年記念で数多くのゲストを迎えた大きなライブ(〈35年目のカーネーション「SUNSET MONSTERS」〉/2018年6月30日、日比谷野外音楽堂)もあり、ベスト盤(『The Very Best of CARNATION “LONG TIME TRAVELLER”』)もあり、そこにはかつてのカーネーション5人での新曲も収められていました。

直枝「もう4年経ったんだという、そういう気持ちはあったよね。ただ、草月ホールでの2デイズ(2019年6月29日、30日)くらいからぽつぽつと出来てきた新曲を公開するようになって、その後のライブでも何回かやれていたので、わりとレコーディングはスムーズだった気がします。

僕らにはいま(サポートの)ドラマーが2人いて、新曲が出来たらその初演でやったほうにレコーディングもお任せするというやり方なんです。最初に岡本(啓佑)くんが叩いたものはレコーディングも岡本くん、張替(智広)くんがライブでやってくれた曲はレコーディングも張替くん。今回、残りの新曲に関しては2人の個性とチューニングの感じを想像しながら、どちらに叩いてもらうかを選んでいった」

大田譲(ベース)「そうだね、曲との相性がいちばんいいドラムじゃないといけないから」

直枝「僕らは矢部(浩志)くんという特殊な才能を持ったドラマーとずっと一緒にやっていたから、理想は大きくなるしね」

2019年の草月ホールでのライブ映像。ドラマーは岡本啓佑

 

細かいアイデアがひしめきあっているのがカーネーション

──年齢の話をするのも無粋ですが、前作からの4年の間にお二人とも60歳を超えています。思えば、『Suburban Baroque』には、“VIVRE”という象徴的な曲(フランス語で〈生きる〉の意)があったように、年輪を重ねることへの意識や死生観がわりと前面に出ていたと思うんです。

直枝「加齢は意識して作っているし、そのときそのときの気持ちは出てくる。それは認めています」

――今回はその節目からの新たな巻き直しみたいな感じの曲も増えていておもしろいなと感じたんです。

直枝「時間をいったりきたりで、こだわりなくシュールにコラージュしていくように楽しんでいるっていうかね。そういう自分がいる一方で、ノスタルジーにおぼれはしないんだけど大切にしたい思いもちゃんと残していきたい。そういう気持ちで僕は歌詞を書いている。だから少し複雑に受けとれる歌詞もあるかもしれない。でも、わかりすぎないくらいが気持ちいいと思います」

──キャリアを重ねたミュージシャンだと、いったりきたりの〈きたり〉が多くなってきて、〈いったり〉をうまく表現するのが難しくなるパターンもあるじゃないですか。でも、カーネーションはそれが自然とできている稀有なバンドです。

直枝「こないだ大田くんとも話してたんだけど、どこを切り取ってもカーネーションみたいなアルバムは、これまでもないよね」

大田「たとえば8ビートの3コードみたいな決まり切った形式があってもいいけど、俺らにはなくてもいいじゃないって話してたよね」

直枝「ひとつの旗を振れないっていうかさ(笑)」

大田「カーネーションとは桁が違うけど、(ローリング・)ストーンズにもストーンズっぽい音はあっても音楽のパターンはひとつじゃないよね。あれがバンドの理想なのかなとは思う。バンドって多様性があって、それをやっているから続くんだろうし、それがおもしろいんだろうし」

──逆に言うと〈カーネーション印〉という大きな型ではなく、サウンドや言葉の細部細部のキメから全体を作っていく、という作り方の基本がカーネーションにはあるとも感じます。

直枝「なるほどね。そもそもデモテープの純度を最後まで残しているってところが僕らにはある。〈一発できめようぜ〉ではなくて、もっとやっかいで細かいアイデアがやたらとひしめきあっています。それがカーネーション的なものなのかもしれない。大田くんもそれをわかっているし、大田くんは僕の聴いていない音楽も聴いているし、その逆もある。だから僕も詰め込むだけ詰め込める。贅沢っちゃ贅沢だよね。大田くんは〈また変なのもってきたな、こんなコード進行ねぇだろ〉と思っているときもあるだろうけど(笑)」

大田「変だなと思ってもイヤだとは思わないんだよ。イヤだったらたぶんやらないと思う。直枝くんが持ってきた曲に対しては〈これどうなるのかな?〉というのがあっても〈トライしてみればいいじゃない〉って気持ちでいるんですよ」

 

〈いったりきたり〉を楽しんでいる

――この2人になって最初のアルバムが『Velvet Velvet』(2009年)ですから、もう12年くらいになりますよね。3人になった『LIVING/LOVING』(2003年)からはもう18年。

直枝「3人になったときは、音楽は難しいなと思ったよ」

──3人になったときはあくまで3人でやらないといけない、という縛りが作用したと思うんですが、2人になって以降は逆に〈ここから先はどうとでもなると思った〉というような発言を以前もしていましたよね。

直枝「その違いはあった。どうにもこうにもとっちらかるカーネーションの多彩で複雑なアイデアを、たったの3人でどうしたらいいかと悩み抜いたね。2人になってからはいろいろな友達に助けられてますね。アレンジャー、もしくはプロデューサーとしてゲストと共に作り上げていくやり方が増えた」

──新作は、そのやり方がまた一歩進んだ感じがあります。このアルバムのタイトルはどういうところから? 個人的には、はじめて買ったレコードにもう一回針を落とすような印象でした。

直枝「なるほどね。Overtureという単語が浮かんできて、そこからみんなに相談したところ、マネージャーがTurntableというキーワードをくれた。サイケデリックな感じもあるし、レコードのターンテーブルは時計回り。時間についての曲も結構あったりするし、〈いったりきたり〉を表現するワードとしてこればっちりじゃんって」

──そうか、最初にあったのはOverture。つまり〈序章〉がキーワードだったんですね。

直枝「初心に返るというのはどうかと思うけど、なんか戻りたくなるじゃないですか。一回止まって考えるという意味でも、ちょうどいろんなことで時間が空いたし。アルバムを作っている頃、シド・バレットの伝記(『クレイジー・ダイアモンド/シド・バレット』)を読んでいたら、66年くらいのサイケデリックシーンの活気ある描写がいっぱいで。なんで僕はああいうのが好きなんだろうって考えたね。

批評的な新しい視点で、最新の機材を使って音楽をやるにしても、ヴィンテージロックのジャッジやマナーみたいなものを大事にしたいし、それもいったりきたりなんですよ。その感覚あってこその自分たちだし、自由に楽しませてもらうよって思う。それがいいなと思えるってことが恥ずかしくないんですよ。大田くんと共有できるロックの話をして笑える、それがいまはとても楽しいですね」

──そもそも直枝さんは生まれたものを無駄にしない人ですよね。昔のデモもたくさんとってあるし、物持ちがすごくいい。思いついたアイデアがすぐに使えなくても寝かせておいたり。

直枝「どんなアイデアも絶対にいつか使えると思って捨てずにいますね。ひとつひとつのジャンクな部品がいつのまにか音楽になる。そう考えて物を作ってるくらいがおもしろいんですよ」

──そういうアーカイブ感覚が作る大きな意味での〈いったりきたり〉があって、新しいOvertureが生まれてる、その感じすごくわかります。木村豊さんのアートワークによるジャケットも、ネジ巻き時計の中身みたいなイメージの帽子ですもんね。そういう意味で、この新作は時間も巻き込んだバラエティーなんだと思ってます。では、ここからは一曲ごとに訊いていきます。