
続く“Ole & Gard”でのバリトン・パートはバリトン・ギターとエレクトリック・ギターの2本だけで、まるでグループ・サウンドのような推進力のあるグルーヴを生み出している。それでも、ギターで他の楽器のサウンドを追い求めるのではなく、ひたすらコンセプトとして望む音楽を希求している、と語る。
「当然、一番演奏して得意なのは長年弾いているギターなのは間違いないんだけど、例えるなら……日本語と英語で、〈喉が渇いた〉と〈thirsty〉とそれぞれに違う言葉がある訳だけど、その前に〈喉が渇いた感覚〉っていうのがある。その感覚を、状況に応じてベストかつ最も相応しい言語(楽器)で表現するということさ。僕にとって音楽は常にそういうものだから、ギターという観点から考えたことがない。常に音楽という観点から考えているんだ。でも僕は〈有名なギタリスト〉らしいので、ギターで弾く方法を見つけなきゃな(笑)と。正直、ピアノで書いた曲をギターで弾くことに苦労することがある。ギター・パートのない曲もたくさん書いていて、それは僕のコンピュータの中のまた別のフォルダにまとめられているんだ」
アルバム中唯一“Clouds Can’t Change The Sky”はギター・ソロによる演奏だが、声部の一つ一つが非常にクリアに分離されて聴こえ、高音は伸びやかに、低音は深く……まるでピアノの10本の指でギターの音を奏でているよう。僕は自分もギターを弾くのでどうしても分析的に聴いてしまうのだけど、音楽のテクスチャーは自由でありながらも、ギターの特性に無理をさせない、ナチュラルな響きが心地よい。しかし同時にそれは先鋭的で、始まって5分過ぎくらいからのオーギュメント・コードの下でベースが変化するパートはスリリングで……パットのギター・ソロに聴いた新しい側面だ。
「ありがとう! 嬉しいよ、そう言ってもらえて。このアルバムに関するインタヴューを色々受けたが、今までのところ君はベスト・リスナーのひとりだよ。僕が今回思っていたことを、君は全部気づいてくれている。特にオーギュメント・トライアド(増三和音)に関して。あれは何年も考えてきたアイデアだったんだ。曲自体はインプロヴァイズで弾いていて、譜面にはしていない。アルバム中唯一、僕がただ座って弾いて出来た曲なんだ」
インスタグラムでは早くも『Dream Box』ツアーの告知がされている。
「これまで僕は何枚ものソロ・ギターのアルバムを出してきた。今回のツアーはそれら全部からの曲をやることになるよ。『Dream Box』だけでなく、すべてのソロ・ギター・アルバムを見直すことになるだろう」
僕はファンとして、パットさんが作曲されたもの全て、バンドの演奏全てが好きなのはもちろんのことだけど、パット・メセニーのギターだけを味わえる、そこに浸れるという意味では、『Dream Box』はまさに夢のような作品だ。
「嬉しいよ、そう思ってもらえて。そしてこんなにも深く、聴き込んでくれたことに感謝するよ。僕にとってとても大きな意味があるよ」
音楽はすべてそうだけれど、これから皆さんが『Dream Box』をだいじに聴いてくださることも、リスナーの皆さんに、だけじゃなくてパットさんにとっても大きな意味のあることなのだ。
鈴木大介(Daisuke Suzuki)
横浜生まれ。ギターを市村員章、福田進一、尾尻雅弘の各氏に、作曲を川上哲夫、中島良史の両氏に師事。ほかに、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院においてエリオット・フィスク、ホアキン・クレルチの両氏に師事。マリア・カナルス国際コンクール第3位、アレッサンドリア市国際ギター・コンクール優勝など数々のコンクールで受賞。作曲家の武満徹から〈今までに聴いたことがないようなギタリスト〉と評されて以後、新しい世代の音楽家として常に注目され続けている。
https://www.daisukesuzuki.com/
Pat Metheny(パット・メセニー)
1954年8月12日、カンザス・シティ生まれ。13歳から独学でギターを始め、72年にゲイリー・バートンの推薦でジャズ系最大権威の、バークリー音楽院の講師を18歳の若さで努めた。その後ゲイリー・バートンのグループで活躍、75年に初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』でソロ・キャリアをスタート。77年には、ソングライティングのパートナーとして長きに渡り一緒に活躍することになる、キーボーディストのライル・メイズと出会い、〈パット・メセニー・グループ〉を結成、数多くのヒット作を生み出し、94年リリースの『ウィ・リヴ・ヒア』が全世界的ヒット・アルバムとなった。2002年2月、新生パット・メセニー・グループには、アントニオ・サンチェス(ドラムス)、リチャード・ボナ(ヴォーカル/パーカッション)、クォン・ヴー(トランペット/ヴォーカル)が新メンバーとして加わり、アルバム『スピーキング・オブ・ナウ』を発売。その後もソロ名義の『ワン・クワイエット・ナイト』、グループ名義の『ザ・ウェイ・アップ』をリリースしファンの熱い支持を集めた。幅広い音楽性を内包する現代ジャズ・ギターの最高峰。