「初恋、ざらり」OP曲“あたしの全部を愛せない”を歌うa子

アルファベットの小文字〈a〉に子どもの〈子〉。〈a子〉という名前のアーティストを知っているだろうか? 耳の早いリスナーなら以前から知っていたかもしれない新進気鋭のアーティスト。だが、2023年7月7日から放送がスタートしたテレビ東京ドラマ24「初恋、ざらり」のオープニングテーマソングに“あたしの全部を愛せない”が抜擢されたことで急速に注目を集めており、同曲で彼女を知った方も少なくないはず。

この記事は、「初恋、ざらり」が今週9月22日(金)についに最終回を迎えるにあたって、そんなa子というアーティストを知るための入り口になるようなものを目指したいと思う。

 

椎名林檎などから影響を受けたポップかつオルタナティブな感性

a子(読み:えーこ)という名前の由来はインタビューなどでは明かされていないが、近藤聡乃の漫画「A子さんの恋人」か、中森明菜の“少女A”か、あるいは小説家/哲学者のウンベルト・エーコか……と想像が膨らむ、印象的かつ匿名的なアーティストネームだ。

a子は、兵庫出身のシンガーソングライターである。そのルーツや出自についてはタワーレコードがかつて運営していたメディア、TOWER DOORSによるロングインタビューに詳しい。

音楽に積極的に触れたのは中学1年生あたりからで、近所のレコード店店主のおじいさんにクラシックロックを中心とした様々な音楽を教わったという。TOWER DOORSの企画〈私を作った10曲〉でソフト・マシーン(60年代から活動するプログレッシブ/ジャズロックバンド)を選んでいるのが渋いが、それはその頃の思い出が理由になっているそうだ。 

11歳で父にギターを買い与えられ、YUIやテイラー・スウィフトの曲のコピーを始めた。また、メラニー・マルティネスのパフォーマンスをアメリカのオーディション番組「ザ・ヴォイス」で見たことで個性的な在り方を知り、アーティストを目指すきっかけになったという。そして、上京後に作品へしっかりと向き合って恋に落ちた椎名林檎は、最大のアイドル。

a子の作品における親しみやすいメロディと特異なプロダクションの融合は、ひりついた初期の椎名林檎にも似た〈オルタナティブ〉な音楽に聞こえる。一方で米津玄師やサカナクション、King Gnuといった音楽家もフェイバリットに挙げているのが興味深い。ポップな音楽を愛し、J-POPの中心を見据えながらも、ごく個人的な表現を両立しようとしているからこそ、そういったアウトプットになっているのだろう。

 

ビリー・アイリッシュ × ロック × 電子音楽

2019年にはSUMMER SONICの人気オーディション企画〈出れんの!?サマソニ!?〉でファイナリストにまで上り詰めるなど、かなり早い段階から注目されていた。バンドを組んで初めて制作したのは“Blue gill”という曲で、こちらは2019年末に発表されている。不穏で不協和なイントロやメランコリックで繊細なサウンド、今にも壊れそうな囁き声による歌、終盤のブレイクビートの展開など、ビリー・アイリッシュとインディロックと電子音楽が出会ったようなハイブリッドな個性と感性は、ここで既にほとんど完成されていると言っていいだろう。

2019年の楽曲“Blue gill”

活動を本格化させたのは2020年。同年9月に“肺”“水泡”“drug”というシングルを含むファーストEP『潜在的MISTY』を自主リリースし、名刺代わりの作品としてアテンションを集めた。

a子 『潜在的MISTY』 londog(2020)

〈生命〉という重く真摯なテーマ・キーワードで結ばれた6曲がa子の世界の見方やパーソナリティが詞や音を通して十二分に表現し、多くの聴き手に衝撃を与えた作品だ。

2020年のEP『潜在的MISTY』収録曲“水泡”

2022年1月には、“情緒”“天使”といった人気曲を収めた待望のセカンドEP『ANTI BLUE』を発表している。

a子 『ANTI BLUE』 londog(2022)

〈BLUE〉な苦悩を残しながらもポップさや躍動感が増したソングライティングとプロダクションは、〈生きづらい今の世の中に立ち向かっていくこと。〉というテーマを体現していた。

2022年のEP『ANTI BLUE』収録曲“情緒” 

2022年のEP『ANTI BLUE』収録曲“天使”