「いま以上に多くの人に聴かれるようになりたいんです。だから、ポップスとしてのクオリティーをもっと上げなければいけない」。
こう率直に語るのは、ニューEP『Steal your heart』をリリースしたa子。2020年頃から活動をスタートし、ウィスパー・ヴォイスとロック、そして先鋭的な電子音楽の要素を持つサウンドを重ねたインディー・ポップで、俄かに注目を集めているシンガー・ソングライターだ。
「始めた当初はメン・アイ・トラスト、クランブ、クレイロとかを熱心に聴いていたので、そういったアーティストに影響されていました。初期の曲はいまよりもインディーっぽさがあったと思います」。
2020年の『潜在的MISTY』、2022年の『ANTI BLUE』といった2作のフィジカルでのEPを挟みつつ、a子はコンスタントに配信で楽曲を発表してきた。現在サブスクで聴けるものだけを見ても、すでにシングルのみで17作が並んでおり、なかなかの多作だと言えよう。
「むしろ音楽を聴いたり、作ったりすることを休むと病んでしまうんです(笑)。新しいEPでも編曲にクレジットされている中村エイジとは常にキャッチボールしながら制作していますし、それで行き詰まったら、他のバンド・メンバーにデモを投げてみる。風通しの良い制作体制が出来ていますね」。
今回リリースされるサードEP『Steal your heart』には全5曲を収録。オープナーの“あたしの全部を愛せない”は、TVドラマ「初恋、ざらり」のオープニング主題歌として起用されており、a子の楽曲のなかでもオルタナ~ロック色の強いナンバーだ。
「この曲、中村はオリヴィア・ロドリゴを意識したそうです。だけど、私はビーバドゥービーが頭にありました(笑)。『ANTI BLUE』くらいから、少しずつ〈ポップスとは?〉ということがわかってきたんです。〈サビのメロディーがいちばん大事〉とかシンプルなことなんですけど。今回だと“あたしの全部を愛せない”と“racy”の2曲は、好きなこと:ポップスとして必要なことが、6:4くらいのバランスにまではいけたと思います。それ以外の3曲はまだ好き勝手にやっちゃったかな」。
もちろん、それらの3曲が〈捨て曲〉というわけではなく、90sのR&Bをロックに再解釈した“trank”、手数の多いドラムが疾走感を生み出す“samurai”、ディスコ・ポップ調の“太陽”といずれもユニークかつキャッチー。a子は特に“samurai”を気に入っているという。
「“samurai”のビートはフライング・ロータスを意識しつつ、生ドラムでこの完成度に出来たのには満足しました。あと、この曲は斎藤ネコさんがヴァイオリンを弾いてくれて、サカナクションなどで有名な浦本雅史さんがエンジニアを担当してくれていて。斎藤さんは椎名林檎の作品でも知られていますけど、私にとって椎名林檎とサカナクションの音楽はそれぞれ〈理想のポップス〉なんです。なので、出来上がった楽曲を聴いたとき、少し近づけた感覚があって涙が出てきました。そのぶん〈楽曲や自分たちの演奏はまだまだだな〉と感じたんですけどね」。
“racy”と“太陽”は、a子の楽曲のなかでもとりわけ4つ打ちのリズムが強く出ていてダンサブルな印象だ。
「それは私がハウスにハマっていたから。ペギー・グーとかをきっかけにいろいろ聴くようになったんです。キックの気持ち良さがツボだったのかな」。
探求心と向上心を併せ持つa子は、いつか彼女独自のポップスを、世代や属性を超えたリスナーに届けるだろう。
「アーティストとそのファンって似ているなと思うんです。私は繊細でどちらかと言えば暗くて鬱っぽいんですけど、たまに明るくてノリがいい――a子のリスナーも、そういう性格の方が多い気がしていて。暗いところを持っている人たちがa子の音楽を聴いて、共感できたり、自分だけじゃないんだと思えたりできるといいですね」。
a子
東京を拠点に活動中のシンガー・ソングライター。映像作家やスタイリストなどを擁するチーム、londogを率いており、MVやアートワークなどもすべて自分たちで製作している。2020年頃、本格的に活動を開始し、配信を中心に精力的に楽曲を発表。2020年9月にファーストEP『潜在的MISTY』、2021年1月にセカンドEP『ANTI BLUE』をリリース。今年6月には渋谷WWWにて初のワンマンライヴを開催し、サードEP『Steal your heart』(londog)を12月6日にリリースする。