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©Daniela Federici

ピュアなマライア像の完成

 バラードという意味では、3枚目のシングルになった“Without You”も重要だろう。バッドフィンガーがオリジナルとなるこのパワー・バラードは、ニルソンのヴァージョンに聴き親しんでいたマライアが、レコーディング期間にふと耳にしたことをきっかけにカヴァーされたものだという。こちらは全米3位を記録したほか、初の全英チャート首位を獲得して欧州各国で大ヒット。以降のマライアがジャーニーやフィル・コリンズらのビッグなバラード名曲を好んで取り上げていく流れの起点にもなった。さらに、穏やかで繊細なメロディーが印象的な“Never Forget You”では、前年にボーイズIIメン“End Of The Road”を大当たりさせるなど絶好調だったベイビーフェイス(とダリル・シモンズ)を起用。一方、前作の立役者でもあったロバート・クリヴィレス&デヴィッド・コール(C&Cミュージック・ファクトリー)はダンサブルな“Now That I Know”で1~2作目のカラーを残しつつ、テンポを落としたグルーヴの心地良い“I’ve Been Thinking About You”でモード変化に順応している。なお、アルバム本編からは外れるもシングル“Dreamlover”のカップリングに入った都会的なスロウ“Do You Think Of Me”は、こちらもヒップホップ・ソウル方面で名を上げていたマーク・モラレス&コリー・ルーニーの関わった曲。本編中の2曲でコーラス参加もしているルーニーは、この後の90年代を通じてマライア作品に深く貢献していくことになる。

 結果的にクリーンでピュアなマライア像を完成させたともいえる『Music Box』の音色は、公私を跨いだトミー・モトーラとの蜜月を象徴するものでもあった。幸せなクリスマス盤を経た次作『Daydream』(95年)では本人主導でより現行R&B/ヒップホップに接近しつつ、その裏では覆面バンドのチックを始動するなど、彼女自身のクリエイティヴィティはより多様な形で発揮されていくことになる。

 

頂点へ向かう姿

 今回の30周年記念盤の中身についても触れておこう。〈通常盤〉はCD3枚組で、Disc-1には本編を収録。リミックスやレア音源を集めたDisc-2には、未発表曲としてC&C作のソウルフルなダンス・ポップ“Workin’ Hard”とプラターズのカヴァー“My Prayer”を収めたほか、『The Rarities』で世に出た“All I Live For”の長尺版と、先述の“Do You Think Of Me”、ルーサー・ヴァンドロスとのデュエットでライオネル・リッチー&ダイアナ・ロスの名曲を取り上げた“Endless Love”(94年)、後年に再録された“Hero(2009 Version)”、各種リミックス、「Top Of The Pops」出演時の音源まで盛りだくさん。Disc-3は当時「Mariah Carey」としてVHS化されたライヴ(93年7月18日にNYのプロクターズ・シアターで開催)の模様を収めた実況盤だ。加えて日本盤独自仕様の〈完全生産限定盤〉にはスペシャルなBlu-rayが付き、その「Mariah Carey」のライヴが映像でフル収録されたほか、MVや当時のインタヴュー映像なども楽しめる。当時の貴重な写真を満載したブックレットも併せて、まさに最初の頂点へ向かっていく途中の彼女の姿を確認できる豪華な記念作品と言えるだろう。

マライア・キャリーが参加した近作。
左から、バスタ・ライムズの2020年作『Extinction Level Event 2: The Wrath Of God』(Conglomerate/Empire)、ジャム&ルイスの2021年作『Jam & Lewis: Volume One』(Flyte Tyme/BMG)

マライア・キャリーの作品を一部紹介。
左から、2020年の編集盤『The Rarities』(Columbia/Legacy)、94年作『Merry Christmas』、95年作『Daydream』(共にColumbia)、2018年作『Caution』(Epic)