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歴史と特性を活かし生演奏を導入したメンフィスヒップホップ

「メンフィスのアーティスト、メンフィスの人々はある種のソウルを持っている。ここには深く豊かな音楽の歴史があるからね。昔のバンドメンバーの子どもたちがたくさんいて、〈僕のパパは昔、こんなバンドでギターを弾いていた〉とか、〈僕の叔父さんはエルヴィス(・プレスリー)のバックシンガーだった〉とか、〈俺の従兄弟はB.B.キングのドラムを叩いていた〉とか」。メンフィスのラップデュオ、エイトボール & MJGはNPRのインタビューで地元についてこう話している。メンフィスラップのパイオニアの中にはソウル名門レーベルで活躍したミュージシャンの血縁者が何人か存在しており、例えばギャングスタ・パットはスタックスのドラマーだったウィリー・ホールの息子で、ジャジー・フェイも同じくスタックスのベーシストだったジェイムス・アレクサンダーの息子だ。

ミュージシャンの宝庫であるメンフィスでは生演奏の導入が珍しいことではなく、ギャングスタ・パットもジャジー・フェイもそのバックグラウンドを活かしたサウンドを制作していた。スリー・6・マフィアのプロダクションを担うDJポールも自らキーボードを弾くミュージシャンであり、95年にリリースされた同グループの金字塔『Mystic Stylez』でもそのクレジットは確認できる。また、スリー・6・マフィア周辺ラッパーのキングピン・スキニー・ピンプによる96年作『King Of Da Playaz Ball』には、DJポールのほかにもリル・パットと(ナッシュビル出身の)プレイヤ・Gの3人の名前がキーボーディストとしてクレジットされている。ミュージシャンの宝庫であるメンフィスという地の特性は、ヒップホップの時代になっても変わっていないのである。

THREE 6 MAFIA 『Mystic Stylez』 Prophet(1995)

KINGPIN SKINNY PIMP 『King Of Da Playaz Ball』 Prophet(1996)

 

定番サンプリングネタやソウルと共通するビート感

さらに、メンフィスラップのアーティストたちは、アイザック・ヘイズをサンプリングソースとして好んで使ってきた。80年代から活動するパイオニアのDJスパニッシュ・フライは、87年のシングル“Gangsta Walk”でアイザック・ヘイズの“Ike’s Mood I”を使用。この後“Ike’s Mood I”はDJスクイーキーやスリー・6・マフィアなどもサンプリングしており、メンフィスラップにおける定番ネタの一つとなった。スリー・6・マフィア作品ではピアノのループが多用され、それは後進のドラマー・ボーイやテイ・キースなどに引き継がれていったが、そのルーツを辿った時に行き着くのは恐らく“Gangsta Walk”での“Ike’s Mood I”のピアノだろう。

また、メンフィスラップでもう一つ特徴的なのが、スロウなBPMと手数の多いドラムの使用だ。これは一般的にスリー・6・マフィアがオリジネイターとして語られやすいが、80年代のDJスパニッシュ・フライ作品でも既に聴くことができる。

使用機材こそドラムマシンだが、これは本書でメンフィスソウルの基本ビートとして語られている〈クロール〉と共通する部分がある。〈のろのろ歩く〉という意味があるクロールは2拍目を二度打つスタイルで、それ以前の定番だったシャッフルビートよりもドラムの手数が多い。メンフィスソウルが身近なものとして育ったメンフィスラップのアーティストたちが、こういった側面でも影響を受けていたとしてもおかしくはないだろう。

 

現在も発展中のシーンをヒップホップ以前から考える

このようにメンフィスラップは、ニューヨークや西海岸などほかの地域とは異なる独自性を持って出発し、時代の移り変わりを経ても伝統をある程度キープしながら発展し、現在に至る。ヨー・ガッティ率いるCMG、ヤング・ドルフが立ち上げたペイパー・ルート・エンパイアといった現行シーンの人気レーベルも、メンフィスの地域性を色濃く反映した作品を多くリリースしている。

本書はそのメンフィスの地域性を考える際の大きなヒントになるものであり、ヒップホップ以前からもメンフィスという地が底なしの魅力を持っていることがたっぷりと感じられる一冊だ。

 


BOOK INFORMATION

鈴木啓志 『メンフィス・アンリミテッド――暴かれる南部ソウルの真実』 ele-king books(2024)

発売日:2024年1月31日(水)
ISBN:978-4-910511-66-5
価格:2,860円(税込)

目次
序文 ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラヴ・イズ
第1章 50年代のバンド・リーダー達
第2章 60年代に興ったダンス/インスト・ブーム
第3章 人種混交
第4章 タイムキーパー
第5章 ゴールドワックス
第6章 チップス・モーマンの仕事
第7章 ハイ・サウンド
第8章 ドラマーXの謎
第9章 オーティス・レディングはメンフィス・ソウルの王者と言い切っていいのか
第10章 ファンクの時代
第11章 サウンズ・オブ・メンフィス
第12章 メンフィス・アンリミテッド
第13章 宴のあと
あとがき

 

RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS 『メンフィス・アンリミテッド』 Pヴァイン(2024)

リリース日:2024年1月24日(水)
品番:PCD-25380
フォーマット:CD
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. Tommie Young - That’s How Strong My Love Is
2. Z.Z. Hill - You Gonna Make Me Cry
3. Rufus “Bearcat” Thomas with The Bearcats - I’m Steady Holdin’ On
4. The Del Rios with The Bearcats - Alone On A Rainy Nite
5. Jeb Stuart - Can’t Count The Days
6. Jeb Stuart - I Just Love Your Work
7. Earl Wright - I Don’t Know
8. Larry Davis - The Years Go Passing By
9. Larry Davis - I’ve Been Hurt So Many Times
10. Johnny Copeland - Love Attack
11. Clay Hammond - I’ll Make Up To You
12. Clay Hammond - I’m Gonna Be Sweeter
13. Clay Hammond - Suzy Do It Better Than You
14. Roscoe Robinson - Trust Me
15. Roscoe Robinson - (Standing In The) Safety Zone
16. Little Richard - Don’t You Know
17. Ernie Johnson - Dreams To Remember
18. Johnny Copeland & His Soul Agents - Ghetto Child
19. Johnny Copeland - You Must Believe In Yourself
20. Bill Coday - Jury Of Love (8 Men 4 Women)
21. Johnnie Taylor - Heaven Bless This Home
22. Johnnie Taylor - I Want You Back Again
23. Joe Perkins - I’m Not Gonna Leave
24. Joe Perkins - I Know What You’re Up To
25. Carl Sims - I’m Trapped (Alt Version)