お気を付けください……お気を付けください……この人は眠っていません……この人は寝たふりをしています……この人はネタ振りをしているようです……『Syro』……13年ぶりの新作の名は『Syro』……

2014年8月16日

 もちろん神は神話を作らない。8月16日、あのロゴに〈2014〉という数字を添えた緑色の飛行船がロンドンの上空を飛んでいるのが目撃された……同じ日、NYではあのロゴが路上にスプレーペイントされているのも発見された……数日後には本人の公式Twitterアカウントがニュー・アルバム用サイトのURLをポスト……それに前後して東京など各所で緑色のロゴが目撃されることになる……ってところで各所に情報が行き渡って、エイフェックス・ツインの13年ぶりとなるニュー・アルバム『Syro』のリリースが公式に発表されることになる。そういえば、南アフリカ出身のラップ・グループ、ダイ・アントワード(中心人物のニンジャはあのロゴを腕に彫り込んでいる)の6月にリリースされた『Donker Mag』では“Ugly Boy”にて“Ageispolis”がサンプリングされていた……あれも何かのサインだったのだろうか。考えすぎか?

APHEX TWIN 『Syro』 Warp/BEAT(2014)

 ともかく、いかに情報を拡散させ、いかにバズを起こすか人々が知恵を絞ってセンスを競っている昨今、この件に関してはその後が凄かった。〈新作からのリーク〉を自称する多くの音源がネット上にアップされ、それが音源を待ちきれないリスナーたちによってどんどん拡散され、懐疑とユーモアも交えながらプロモーションの役割を自動的に果たしていくことになったのだ。結果的にリリース元のワープからそれらを正式に否定する声明とトラックリストの発表が行われたのだが、こうした混乱もまたエイフェックス・ツインらしい現象、あるいは苦笑いのエンターテイメントとして受け手を大いに喜ばせる結果になったことは想像に難くない。どこまでが想定内だったのかわからないあたりも非常におもしろい流れだったと言えるだろう。やはり、神話を作るのは人である。

 もっともこうした方策が多くのアーティストにとってそのまま手本にならないのは言うまでもない。あのロゴマークの刷り込みを含めて、アーティストが神秘性を保つことのできた時代が去るよりも先に己のブランド性を世間に行き渡らせた人だからこそ、こうしたプロモーションが有効に機能するわけで。ただ、それでもエイフェックス・ツインが特別なのは、やはりお祭りの核に彼自身の音楽に対するリスナーたちの期待を強く感じることじゃないだろうか。ここまでマイペースに隠遁状態(?)を続けながら、それでもファンたちの期待値を常に高くキープしているのは流石である。本来なら活動当初からのヒストリーをまとめておくのが親切ではあろうが、それはもっと詳細な歴史書で追いかけてもらったほうがいい。ここでは空白とされる13年の間に表立って現れてきたリチャードD・ジェイムズの活動履歴を大雑把に振り返っておくことにしよう。