折衷性と実験性を駆動させ、南ロンドンのポスト・パンクな潮流を牽引していた彼女たちが、近年、再解釈の進むフォークへと接近。より前衛的になった新作に映るヴィジョンとは?
シェイムやブラック・ミディらと共にサウス・ロンドンのバンド・シーンで頭角を表し、英国ロックの新世代を牽引する一角を担ったゴート・ガール。6年前の彼女たちのファースト・アルバム『Goat Girl』(2018年)はそんな気運の高まりを印象付ける作品だったが、その背景で同時に大きなトレンドを見せていたのがいわゆる〈ポスト・パンク〉のリヴァイヴァルだった。事実、同作のサウンドはフォールやニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズも想起させるエッジがあり、界隈のバンドを一手に引き受けていたダン・キャリーのプロデュース・ワークも相まって、彼女たちも当時の音楽的文脈に適う形でクローズアップされた経緯があった。
他方、ここ数年英国の若い世代の間で目立っているのが、フォーク・ミュージックを新たな感性で捉え直そうとする動きである。なかでも象徴的なひとつが、ソーリーのキャンベル・バウムが立ち上げた〈Broadside Hacks〉というプロジェクトだ。フォークや伝統音楽の理解と創造をコンセプトに掲げたその活動には、キャロラインやショヴェル・ダンス・コレクティヴといった同じく現在の英国のフォーク・シーンを代表するグループに加えて、ゴート・ガールの(現/元)メンバーも参加。そして3作目となるゴート・ガールのニュー・アルバム『Below The Waste』は、そうした動向を反映するようにさまざまな変化や深化を窺わせて興味深い。
これまでも彼女たちのサウンドにおいてフォークやブルースは重要な要素のひとつだったが、今作ではバンジョーやアコーディオン、ハーモニウム、ヴァイオリン、クラリネット、大正琴など多くのアコースティック楽器が使われているのが特徴だ。加えて注目すべき変更点は、過去2枚のアルバムでプロデューサーを務めたダン・キャリーに代わって、アイルランド人エンジニアのジョン・スパッド・マーフィが共同制作者として迎えられていることだろう。マーフィは前出のキャロラインを手掛けたほか、昨年アルバム『False Lankum』がマーキュリー賞にもノミネートされたアイルランドのフォーク・ロック・バンド、ランカムとのコラボレーションを通じて隣国でも活況を呈する新世代のフォーク・シーンにおいて影響力を誇るキーマンのひとり。実際、彼女たちも今作のインスピレーションとしてランカムやキャロラインを挙げていて、“Perhaps”や“Sleep Talk”をはじめ、スワンズ顔負けの強固でプログレッシヴなドローン・ロックを披露するアルバム終盤の展開は圧巻だ。グランジとペンタングルを橋渡しするような“Ride Around”もダイナミックで鮮やか。
かたや、前作『On All Fours』(2021年)で推し進められたエレクトロニックの実験も今作では継続されている。“Words Fell Out”や“Tonight”では生楽器のアンサンブルとアンビエントなエフェクトが繊細に重ねられ、ムーディーなシンセ・ポップの“Motorway”からは彼女たちが公言するブロードキャストやブロンド・レッドヘッドの影響も聴こえる。そして、レイヴ・パンクのような騒々しいトラックに乗せて彼女たちがスクリームする“Tcnc”は今作随一の異色のナンバーだろう。
今作の制作前にL.E.D.ことギタリストのエリー・ローズ・デイヴィスが脱退し、オリジナル・メンバーのロッティ・ペンドルベリーとロージー・ジョーンズ、前作で加入したホリー・マリノーのトリオになったゴート・ガール。一方、“Take It Away”や“Pretty Faces”ではメンバーの家族や友人も参加したヴォーカル・クワイアを聴くことができ、親密なムードが醸し出されているのも印象的だ。彼女たちは今作に寄せてこうコメントを寄せている。「不自然で不必要な醜さを超えて、連帯、コミュニティー、友情が称えられる社会を思い描いている」と。
ゴート・ガールの過去作とメンバーの参加作を一部紹介。
左から、2018年作『Goat Girl』、2021年作『On All Fours』(共にRough Trade)、ネイマ・ボックの2022年作『Giant Palm』(Sub Pop)、 ライスの2021年作『Wasteland:What Ails Our People Is Clear』(Settled Law)
ジョン・スパッド・マーフィが参加した近作を一部紹介。
左から、オックスンの2023年作『CYRM』(Claddagh)、ランカムの2023年作『False Lankum』、キャロラインの2022年作『Caroline』(共にRough Trade)