タワーレコードが仕掛ける新たなサブミッション・メディア〈TOWER DOORS〉のスタッフである小峯崇嗣から「ゴールデン・ウィークに1週間くらいロンドンに行ってきます。〈The Great Escape〉というフェスに行くのが主な目的なんですが」と聞いたのが4月のこと。じゃあ、ファット・ホワイト・ファミリーのライヴ・レポートを書いてよ! ちょうどドミノ移籍作『Serfs Up!』もリリースされる最高のタイミングだし。なんて軽いノリで原稿をお願いしたのが、このレポート記事である。
多様な音楽がひしめく現在の南ロンドン・シーンで、特にパンク/ポスト・パンク・バンドが活気づいていることはMikikiでもお伝えしてきたとおり。だが、同地のバンドたちから尊敬されるゴッドファーザー的なファット・ホワイト・ファミリーの実態は、あまり日本に伝わってきていない。そこで、この記事は〈あのカリスマ性はどこから来るのか?〉という疑問への答えを、現地で観たライヴの記録を通して生々しくお伝えしよう。 *Mikiki編集部
英フェス〈The Great Escape〉にファット・ホワイト・ファミリーが来たりて暴れ回る
イギリスで開催される数あるフェスのなかでも、新人アーティストを積極的に紹介していることで有名なのが〈The Great Escape(以下TGE)〉だ。毎年ロンドンから電車で1時間ほど南に下ったブライトンとホヴという港町で開催されている〈TGE〉は、出演者のジャンルも多様で、ロックやエレクトロ、R&B、ヒップホップ、ジャズなど、さまざまな音楽に触れることができる。
〈TGE〉は2005年から開催されており、今年で14回目と歴史が長く、また大小30以上のライヴハウスや教会、ホテルなどを貸し切った会場で行われるのも特色の一つ。今年は過去最多となる450もの出演者数を誇り、名のあるアーティストとしてはフォールズやジェイムズ・ベイ、リトル・シムズ、フレンドリー・ファイアーズなどが出演した。
5月9日から3日間行われたフェス最終日となる11日、海岸に設けられた大きなステージの〈The Deep End〉でトリを務めたのがサウス・ロンドン出身の暴れ馬、ファット・ホワイト・ファミリー(以下FWF)だ。現在はシェフィールドを拠点に活動する彼らは、アークティック・モンキーズらを擁する名門インディー・レーベル、ドミノへの移籍後初となるニュー・アルバム『Serfs Up!』をリリースしたばかり。彼らが抜擢された最終日の〈The Deep End〉、しかもトリという舞台は、大きな注目が集まる現在のバンドの立ち位置にふさわしいものだと言えるだろう。
悪名高すぎ?な南ロンドンの狂えるカリスマ
そもそもFWFは、現在のロンドン・シーンを沸かせるバンドたち――アイドルズ、シェイム、ゴート・ガールなどから尊敬されており、その影響力の強さがたびたび言及される存在。まさにカルト・ヒーロー的立ち位置にいるFWFだが、彼らが〈暴れ馬〉や〈狂犬〉と呼ばれるのには所以がある。
結成当初のメンバーたちがサウス・ロンドンの不法定住地区で共同生活をしていたこと。あるいはライヴ中の過激発言や機材破壊パフォーマンス。インターネット上での右翼政党や市民の高級志向などへの口撃。さらにはマック・デマルコに対して「あいつが音楽を作り続けるなら、俺らはISISに入って殺しに行くよ」と発言したこと……。本当に話題(悪評)の絶えないバンドで、NMEが〈もっとも危険、もっとも厄介、そしてもっとも不可欠なバンド〉と評するのもよくわかる。
そんな彼らも、前作『Songs For Our Mothers』(2016年)のツアーによってメンバーの仲が最悪な状態に陥ったのだとか。現在はそういった生活からいったん距離を置くために、あえてパーティーやドラッグの誘惑がない閑静なシェフィールドに拠点を移したのだという。心機一転、3年ぶりとなるアルバム・リリース直後の熱気を帯びたままのライヴとなったのが、今回の〈TGE〉だ。
絡まるギターとサックス、モッシュの嵐、そしてバス・ドラムの豚
開演前の会場には200~300人は並んでいるだろう長蛇の列が出来ており、現地での人気の高さが窺い知れる。また、FWFの直前に出演したのが、新人のなかでも特に注目株であるブラック・ミディ。彼らのライヴも超満員で、その力強いパフォーマンスを観れば、現在のロンドンのロック・シーンがどれほど盛り上がっているのかは一目瞭然だった。
セッティングが終わったステージを見ると、バス・ドラムの中にはFWFのシンボルである豚の頭のオブジェが入っており、異様な空気を放っている。そんななか、とうとうステージの幕が下りた。白いライトが照らし、イスラム圏のものと思われる音楽がかかっているところにメンバーが登場。それと共に、オーディエンスの熱狂的な歓声が会場中に響く。
ヴォーカリストのリアス・サウディがおもむろにマイクを持つと、レトロなシンセサイザーの音色が鳴りだし、不吉な予感を漂わせるサイケデリックなギター・リフが特徴的な『Serfs Up!』の“When I Leave”を放つ。青白いライティングのなか、ささやくようなリアスの歌が次第に攻撃性を増していく。
続いて演奏したのは前作収録の“Tinfoil Deathstar”。照明は真っ赤に変わり、演奏も激しくなっていく。だんだんとパフォーマンスにも火が付きだし、勢いを増してきたところで、リアムはTシャツを脱ぎ捨てて上半身裸となり、初期のシングル “I Am Mark E Smith”を歌う。 タイトルどおりこの曲は、残念ながら2018年に亡くなったカリスマ・ヴォーカリスト、マーク・E・スミスを名乗った曲だ。マークのニヒリスティックなキャラクターと歌でカルト的人気を誇ったポスト・パンク・バンド、フォールについてFWFが歌うというのも感慨深いものがある。
演奏が後半に差し掛かるとリアスのヴォルテージは上がっていき、ステージを降りて観客を煽る。リアスがいなくなったステージ上では、新作からバンドに参加したアレックス・ホワイトが吹くサックスやソール・アダムチェウスキーとアダム・J・ハマーの2人が放つギター・ノイズが絡み合い、渾然一体となった演奏を繰り広げていた。それは、めちゃくちゃでありながらもどこかまとまりのある、心に強く響くストレートなサウンドだった。フロアは3曲目にしてすでにモッシュの嵐。オーディエンスのFWFへの愛が強烈に伝わってくる熱気が満ちていた。
カルトなバンドの実力を見せつけるライヴという場
そして、アレックスと共に新作から参加している元テンプルズのドラマー=サミュエル・トムズによる乾いた打ち込みのビートと、アダム・ブレナンのビキビキなベースラインのイントロが特徴的な“Fringe Runner”へ。最後のほうでは管楽器の音やシンセ、歪んだギターの音が入り交じり、最高にサイケデリックな演奏が陶酔的だ。
アルバムのなかでも落ち着いて湿ったムードの“Bobby’s Boyfriend”、そして前作の”Hits Hits Hits”を続けて披露すると、少しフロアはクールダウン。その直後、軽快なドラム・ビートと共に何かが迫りくるようなサウンドの“Feet”を演奏。うなりのごときコーラスを伴って、リアスは語りかけるように歌いはじめる。危険な匂いが漂う不穏なシンセ・サウンドとディストーションを強く効かせたギター・リフが、身体の髄に届くようなヘヴィーなサウンドで襲いかかってくる。
そして続けざまに、人気曲“Whitest Boy On The Beach”を叩きつける。会場は待ってましたとばかりにヒートアップ。オーディエンスは大合唱し、リアスもそれに応えてステージから降り、観客のほうへ。ファンに囲まれながらもパワフルなヴォーカルを聴かせるリアスのカリスマ的なオーラが、観客の視線を強く惹きつける。その圧倒的なパフォーマンスに、後輩バンドからもリスナーからもカルト的な人気を誇るFWFの実力を見せつけられた思いだ。そして“Cream Of The Young”で、会場の熱は最高潮に。
ファット・ホワイト・ファミリー、このバンド自体が事件だ
その熱気のまま、『Serfs Up!』から”Tastes Good With The Money”“I Believe In Something Better”の2曲を立て続けに披露。
”Tastes Good With The Money”は、アルバムではサイケデリックなイントロとは対照的なポップなサビのメロディーが印象的だったが、ライヴではここまで攻撃的なのかと驚かされる激しさ。全体的にエッジが効いており、特にアダムのディストーションがかかったベースラインにフロアが沸いていた。曲の後半になると、アレックスのサックスの音がとどろき、観客たちはその胸躍る展開にゾクゾクしながら曲の終わりまで踊り狂う。
ネイサン・サウディが奏でるアナログ・シンセの太い音が鳴り響く“I Believe In Something Better”では、リアスもアドレナリン全開で、首筋の血管が浮き上がっているのが見て取れるほど激しく声を発する。
ラストはファースト・アルバム『Champagne Holocaust』(2013年)より“Bomb Disneyland”。アップテンポなロックンロール・ナンバーでさらに観客の熱気を高め、その激しいサイケデリック・サウンドは、イギリスを代表するフェスの最後にふさわしい盛り上がりを見せていた。〈Bomb Disneyland(ディズニーランドを爆破しろ)〉と歌われるサビでは、観客もリアスに合わせてシンガロング。最後の曲が終わった後も、会場は踊り狂った観客たちの身体から立ちのぼった蒸気が充満していた。
ギター・ノイズの残響が鳴るなかでメンバーはステージから退場したが、フロアは観客からの〈One more! One more!〉という声で溢れかえっていた。スタッフがオーディエンスにアンコールは無しと告げてもなお、その声は止まない。しかしFWFはもう一度姿を現すことなく、45分間の熱いライヴは終了。いま現在のイギリスのロック・シーンにビックバンを起こしたのは間違いなくファット・ホワイト・ファミリーだと実感する堂々たる演奏で、このバンド自体が事件だといっても過言ではない――そんなふうに感じるショウであった。
いまのバンドはセックス・ピストルズやクラッシュ、ギャング・オブ・フォーと同じ匂いがするんだ
今回〈TGE〉で多くのアーティストやファンと会って話をするなか、もっとも印象に残ったエピソードがある。それは、いまロンドンをにぎわせている新人バンド、マーダー・キャピタルの入場待ちをしていたときのこと。すぐそばに並んでいた50代くらいの男性に話しかけられた。なんと彼は、10代後半から20代前半のときにセックス・ピストルズやクラッシュ、ギャング・オブ・フォーといった伝説的なバンドたちに青春を捧げたのだという。その男性は、いまのロック・シーンについてこのように語っていた。
「いまの新人たち――シェイムもクラック・クラウドもみんな、あのとき(セックス・ピストルズやギャング・オブ・フォーの全盛期だった70年代後半から80年代前半)と同じ匂いや感覚がするんだよね。彼らの演奏を聴くと、若いころに戻ったかのようにゾクゾクしてたまらないんだ! まあ、俺はもう年寄りだけどな(笑)」。
気さくな方で、軽い話ぶりではあったが、個人的には彼の言葉がこの3日間でもっとも印象的だった。若者からお年寄りまで老若男女問わず、年齢関係なしに盛り上がっていた〈TGE〉の会場。この活気がいまのイギリスの音楽を勢いのあるものにしているのだと実感した瞬間だった。