小沢健二が1994年8月31日にリリースしたアルバム『LIFE』。日本のポップス史に残るこの名盤が発表されてから30年が経とうとする今年、再現ライブの開催と待望のアナログレコード再発が発表され、2024年最新リマスター版が突如配信されるなど、アニバーサリーにまつわる動きが大きな話題になっている。そんな『LIFE』とはどんなアルバムだったのか? そして今、どんな意味を持つのか? 現在も色褪せない、むしろ輝きを増す本作について、リリース当時を知る音楽評論家・宮子和眞が綴った。 *Mikiki編集部

★連載〈94年の音楽〉の記事一覧はこちら

小沢健二 『LIFE』 東芝EMI(1994)

 

1994年、最先端の東京の風景

まずはファッションブランドのプラダの話からいこう。

今でこそ日本だけで40を超える店舗を構えているプラダだが、日本で初めてそのブティックが東京・銀座にオープンしたのは2003年のこと。それよりも前の時代にプラダを手に入れるには、取り扱っているセレクトショップを探し当て、お目当てのアイテムの入荷時期を確認して、時には開店前から並んで、ということをしなければならなかった。〈プラダの靴が欲しいの〉という彼女の願いを叶えるには、男性がしっかりとアンテナを張り、それなりの労力を要さなければならなかった。そこにはやはり、プラダは希少価値の高い最先端のブランド、という認識が男女ともに必要だった。

あるいは、表参道のクリスマスイルミネーション。あの冬の風物詩が始まったのは1991年のことで、シーズンになると周辺は人と車で溢れかえった。これも今では珍しくなくなったことだが、あの時代には、盛大なクリスマスイルミなんてものは、表参道に行かないと体験することができないものだった。

もうひとつ加えるなら、東京タワーだろう。東京スカイツリーが開業したのは2012年のことで、それ以前の東京のシンボルは、もちろん東京タワー。プラダとクリスマスイルミが1994年の最先端の事象だとすると、東京タワーは普遍的な存在として、そこに描かれているように感じられる。

 

時代性を切り取りながら普遍性に溢れたアルバム

小沢健二の『LIFE』に歌われているのは、このような1994年の東京都心の風景なのだが、そうでありながら今聴いても胸を打たれる点に、小沢の非凡を感じずにはいられない。まるで、当時は最先端だったプラダやクリスマスイルミが今ではすっかり全国に定着したように。あるいは、スカイツリーが現れた後でも東京タワーが東京のシンボルであり続けているように。1994年の最先端の東京を描いた『LIFE』が、今は普遍性に溢れたアルバムとして鳴り響く。

“今夜はブギー・バック”ひとつを取っても、そうだろう。あの曲はおそらく、映画「ジャッジメント・ナイト」(1993年)のサントラを背景に生まれたナンバー。そこでは、デ・ラ・ソウルとティーンエイジ・ファンクラブの共演が聴かれるなど、ヒップホップとロックのコラボレーションばかりが実現されていた。リアルタイムの洋楽に影響を受けつつ、それを日本語のポップスとして定着させるスキルとセンス。『LIFE』のジャケットや収録曲で見聞きできる洋楽からの引用の数々は、小沢が在籍したフリッパーズ・ギターのアルバムと同様、作品の隠し味、以上の妙味を醸している。

VARIOUS ARTISTS 『Judgment Night』 Immortal/Epic Soundtrax(1993)