ノウワーの快作に続く超人の次なる一手は、あのメトロポール・オーケストラを迎えた豪勢な共演作! 緻密に磨き上げられたスケールの大きい音世界を存分に味わおう!

 なんと旺盛な創作意欲であろうか。超人と呼ばれるルイス・コールがまたまたお目見えである。もともと精力的に動いてきた彼だが、ブレインフィーダー移籍作『Time』(2018年)を発表して以降の不在感のなさは尋常じゃない。後に日本独自でフィジカル化されたライヴ盤の『Live Sesh And Xtra Songs』(2019年)、世界的な賞賛を集めた『Quality Over Opinion』(2022年)、『Some Unused Songs』(2023年)、さらにはジェネヴィーヴ・アルターディと組んだノウワーでの『Knower Forever』(2023年)をリリース。その間にはジェネヴィーヴやサンダーキャットからサム・ゲンデル、コリー・ウォン、星野源らの作品に参加し、さまざまな形態で来日ツアーも開催している。そうしたトピックのなかでも、『Quality Over Opinion』と収録曲“Let It Happen”がそれぞれグラミーにノミネートされたのは大きなハイライトだったといえるだろう。

LOUIS COLE 『nothing』 Brainfeeder/BEAT(2024)

 そんなルイス・コールがジュールズ・バックリーの指揮するメトロポール・オーケストラと録音したニュー・アルバム『nothing』を出すと聞いて、最初は過去曲のリアレンジ/リメイク集かと思っていたら、これは純然たる新曲集である。『Quality Over Opinion』からの“Let It Happen”“Shallow Laughter”の新ヴァージョンも含むものの、全17曲のうち実に15曲が完全な新曲というのだから驚いた。つまり、今回の収録曲たちはあらかじめオーケストラとの共演を前提として書き下ろされた楽曲というわけだ。

 メトロポール・オーケストラは交響楽団とジャズのビッグバンドが合体したオランダのオーケストラである。エラ・フィッツジェラルドからハービー・ハンコックまで数多くのレジェンドと共演してきた一方、近年はスナーキー・パピーやジェイコブ・コリアーとの共演で名を知った人も多いだろう。その指揮者を務めるジュールズ・バックリーはヘリテイジ・オーケストラを従えたヒップホップ・ブレイク再演作『The Breaks』(2021年)を発表したり、BBC交響楽団を指揮してポール・ウェラーの『An Orchestrated Songbook』(2021年)に参加するなど、その活躍ぶりは多岐にわたる。ブレインフィーダー勢ではジェイムスズーの『Melkweg』(2019年)にもメトロポール・オーケストラと参加していたが、ルイス・コールも2021年からたびたびライヴで共演。そうした縁が『nothing』に結びついたのは言うまでもなく、それどころか今作の音源自体がそれらステージ上のライヴ録音を下地にしているのもポイントだろう。クレジットによると、音源に含まれるオーケストラの演奏は2021年のスタジオ・セッションと2022年の〈North Sea Jazz Festival〉出演時、そして2023年のヴッパータールやアムステルダムの各ステージにて録音されている。

 プロジェクトに取り組んだルイスは勢いのままに17曲を書き、しかも全曲のオーケストレーションも他のアレンジャーに委ねるのではなくみずから携わっている(そのうち8曲は独力でオーケストレーションを完結)。しかも50人以上もの演奏から最良のテイクを選びつつオーケストラの効果を最大限に引き出すためにミックスもみずから担当。なお、オーケストラ以外にはサム・ウィルクス(ベース)、ジェイコブ・マン(キーボード)ら馴染みの面々、そしてもちろんヴォーカルにジェネヴィーヴも名を連ねている。

 そうした緻密な作業によって自分のヴィジョンを音像として現出させた『nothing』。超人が長い時間をかけて己の恐るべきこだわりを集約した大作だ。厳かなオープニングの“Ludovici Cole Est Frigus”からいつもの彼とは違う雰囲気が伝わってくるが、一方で彼らしいファンク・ポップは普通に飛び出してくるし、ノウワーを思わせるような曲もある。本人の尋常じゃないスタンスに構えることなく、気楽にじっくりと楽しんでみてほしい。

ルイス・コールの近作。
左から、2018年作『Time』、2019年作『Live Sesh And Xtra Songs』、2022年作『Quality Over Opinion』、ノウワーの2023年作『Knower Forever』(すべてBrainfeeder)

『nothing』に参加したアーティストの関連作品を紹介。
左から、ジェネヴィーヴ・アルターディの2023年作『Forever Forever』(Brainfeeder)、サム・ウィルクスの2023年作『Driving』(ASTROLLAGE)、ペドロ・マルチンスの2023年作『Rádio Mistério』(Heartcore/MOCLOUD)、ジェイムスズー&メトロポール・オルケストの2019年作『Melkweg』(Brainfeeder)