井上園子

新進気鋭のシンガーソングライター、井上園子。フォーク、ロック、ブルース、カントリー、ブルーグラスなどをベースに、日常の一コマを独創的な視点で切り取った歌詞で歌うその音楽世界は、ライブを通じてじわじわと注目を集めている。そんな井上が、ついにデビューアルバム『ほころび』を2024年9月4日(水)にリリース。自らの曲・歌・ギターのみで一発録音した本作には、過ぎ去った昭和や平成を生き抜いた年長世代にも、令和という時代を悩みつつ歩んでいる若者世代にも突き刺さる普遍的なポテンシャルがある。綺羅星のごとく現れた新人のデビューにあわせて、音楽家の高田漣に特別寄稿してもらった。 *Mikiki編集部

井上園子 『ほころび』 Pヴァイン(2024)

 

高田 漣

時代は巡り人は迷うが、井上園子は〈新しい音楽〉で航海へ突き進む

〈めぐるめぐるよ/時代は巡る〉。これは言うまでもなく中島みゆきの名曲“時代”のなかの一節であるが、実際わたしたちの身の回りでは良いことも悪いことも繰り返す。この円環運動の幾つかの事例には〈流行〉という名がつけられた。数年前から若者のあいだで流行っているという〈昭和レトロブーム〉と呼ばれる現象も、それ自体の円環性よりも現在50歳を超えた筆者の若かりし頃の〈レトロブーム〉との――その頃のレトロとは大正〜昭和初期を指した――近似性を感じずにはいられない。ニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」で提唱した永劫回帰、あるいはその反証ともいえたフランシス・フクヤマ「歴史の終わり」を例にするまでもなく、回っているのはわたしたちのほうなのだ。だけれども人は目の前の(新たな)事象を過去の事象/経験の類似性から考察し、答えを導きだそうとしてしまう。とくに筆者のような足腰に支障をきたしはじめた中年はことさらに。今朝も首を寝違えた。

井上園子のデビューアルバム『ほころび』に先行して発表された楽曲“カウボウイの口癖”や“三、四分のうた”を聴いた瞬間に筆者はどうしても中島みゆきの、特に初期中島みゆきのことを想起してしまう衝動から逃れられなかった。なるほど井上園子のプロフィールにも〈両親の影響で(60〜70年代の音楽を)聴き馴染んだ〉とある。だが、だからといって彼女の紡いだ詩とシンプルなアコースティックギターの音色を安易にかつての日本のフォークと結びつけてはいけないのだと思う。憂いと鬱憤に満ち溢れた、ともするとアンニュイにさえ聞こえた多くのフォーク世代の歌手の歌声と違い、彼女のそれには決意の強さのようなものを感じる。それはとかく情報量の多い21世紀にあってこの表現手段/方法論を選択する確信犯的な芯の強さといえるのかもしれない。アルバム全編を弾語り一発録音で作り上げた本作は新人の作品とは思えないほど自信に満ち満ちている。恐るべし。

『ほころび』レコーディング時の全曲プレビュー動画
『ほころび』収録曲“カウボウイの口癖”

ぐるぐると回る大地に立つわたしたちは道に迷いがちだ。なかばそれを言い訳に彷徨する自分と違い井上園子は北極星を目印に進む航海士のように潔い。地軸がずれ北極星が現在の恒星ポラリスからこと座のベガに変わるまでにはまだ1万年以上あるという。それまでは彼女の完成させた〈新しい音楽〉に耳を傾けながら、自らの〈ほころび〉を補修する航海としたい。

 


RELEASE INFORMATION

井上園子 『ほころび』 Pヴァイン(2024)

■CD/DIGITAL
リリース日:2024年9月4日(水)
品番:PCD-18913
価格:2,000円(税込)
配信リンク:https://p-vine.lnk.to/7OHLgN

TRACKLIST
1. 三、四分のうた
2. おいしい暮らし
3. あの街この街
4. 十を数えて
5. きれいなおじさん
6. ありゃしない
7. 漫画のような
8. カウボウイの口癖
9. 人ばかりではないか

歌・ギター・作詞・作曲:井上園子
録音・ミックス:柘植裕生(TUPPENCE STUDIO)
マスタリング:中村宗一郎(PEACE MUSIC)

 

井上園子 『三、四分のうた/おいしい暮らし』 Pヴァイン(2024)

■初回完全限定生産7インチシングル
リリース日:2024年9月4日(水)
品番:PCD-18913
価格:1,800円(税込)

TRACKLIST
SIDE A:三、四分のうた
SIDE B:おいしい暮らし(シングル・ヴァージョン)

 

EVENT INFORMATION
井上園子『ほころび』リリース記念 ミニライブ&サイン会

日時:2024年10月5日(土)15:00~
場所: TOWER VINYL SHIBUYA(タワーレコード渋谷店6F)
出演:井上園子
詳細は下記のタワーレコード渋谷店オフィシャルサイトをご参照ください。
https://towershibuya.jp/2024/08/21/202842

 


PROFILE: 井上園子
2022年よりアルバイト先の店長の一声をきっかけに音楽活動を開始、両親の影響で聴き馴染んでいた1960〜1970年代のフォーク、ロック、ブルース、カントリー、ブルーグラスといったスタイルの音楽をベースに、日常の一コマを独特な視点で〈言葉〉に置き換えた唯一無二の世界観を三畳一間から産み出すシンガーソングライター。父のギターを携え、茅ヶ崎、藤沢、横浜など神奈川県沿岸部を中心にライブ活動を始め、東京都内や大阪、福井と徐々に活動の範囲を広げ2024年4月には葉山芸術祭のステージにも出演を果たしている。現在、茅ヶ崎FMにて「井上園子のごあいさつ」(毎週金曜日20:00-20:30)のパーソナリティーも務めている。
YouTube:https://www.youtube.com/@whois_son
Instagram:https://www.instagram.com/inouesonoko_infotoka/
X:https://x.com/inouesonokodesu

PROFILE: 高田 漣
音楽家、プロデューサー、作曲家、編曲家、マルチ弦楽器奏者、執筆家。1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。少年時代はサッカーに熱中し、14歳からギターを始める。2002年、アルバム『LULLABY』でソロデビュー。現在までに8枚のオリジナルアルバムをリリース。自身の活動と並行して他アーティストのアレンジおよびプロデュース、映画、ドラマ、舞台、CM音楽を多数担当。ギター以外にペダルスティール、ウクレレ、バンジョー、マンドリンなどを操るマルチ弦楽器奏者としても活躍。2015年、父・高田渡の没後10年を機にトリビュートアルバム『コーヒーブルース~高田渡を歌う~』をリリース。2017年、アルバム『ナイトライダーズ・ブルース』をリリースし、第59回日本レコード大賞 優秀アルバム賞を受賞。2022年6月にソロデビューから20周年を迎え、3年ぶりのアルバム『CONCERT FOR MODERN TIMES』をリリース。
オフィシャルサイト:https://rentakada.com/