©Jess X. Snow

リア・オユヤン・ルスリ
新世代のための青春映画「HAPPYEND」をサウンドで鼓舞する作曲家

 幼なじみで高校も部活も一緒のユウタとコウはある日、仲間ともぐりこんだウェアハウスパーティが官憲の横やりで流れたウサをはらすべく、夜更けの学校の部室で仕切り直しのDJに興じ、中庭に止めた校長の愛車にいたずらをしかけるのだが――、空音央の初の長編劇映画監督作品「HAPPYEND」はこのようにして幕をあける。舞台はいまからそう遠くない未来の日本、少子高齢化と移民政策と監視社会と首都直下型地震の確率が亢進した典型的なディストピアに暮らす登場人物たちに、脚本も担当する空音央はいくつかの武器を手渡している。

 音楽もそのひとつ。作中ではテクノをはじめ、音楽は重要な構成要素だが、物語の外でもサウンドトラックも欠くべからざる役割をはたしている。手がけるのはリア・オユヤン・ルスリ。ペンシルベニア生まれで、2010年のニューヨーク移住後はブルックリンの実験的なシーンでも活動するこの新進気鋭の音楽家は空監督と当地で出会った。もっともそのころは顔見知り程度で、参加のきっかけは共通の知人で本作のプロデューサーのひとりでもあるアルバート・トーレンからの打診だった。台本にも目をとおしたリアはぜひやりたいと意を固めた。「青春映画が好きだし、キャストのティーンエイジャーたちがいきいきしていると感じたし、彼らが模索することにも共感できた」

 制作にあたってはとにかく曲を書いた。

 「ネオは音楽家の息子でもあって、音楽の聴き方がこれまでの監督とはちがっていました。そのぶんすごく濃い体験でした。〈これはちょっと安易だな〉といわれることもあって、もっと深いところを追求していかなければならなかったし、ネオは登場人物たちの表面の感情というよりは心のなかの葛藤を描きたいということだったので、複雑な要素も必要でした。私はこれまでも何作か映画音楽を手がけましたが、こんなにもスコアを重視する監督はほかにはいなかった」

©2024 Music Research Club LLC
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 リアの挑戦の痕跡を記すかのようにサウンドトラックは抑制的でありながら多角的な、幅広い階調を備えた仕上がりとなった。軸になるのは“LOVE”と“WORLD”の2曲で、これらの変奏とメインテーマが全体を再帰的に構成する。「バッハのパルティータ風」と作曲者みずから説明する“LOVE”のテーマは「あまり考えると頭がおかしくなりそうなので、なるべく考えないようにしてきたネオのお父さんの曲を聴いてインスピレーションを求めた」のだという。リアの発言を裏づけるように楽曲にはサティ的な眩暈もおぼえるが、シンセの音色など、坂本龍一の気配を感じさせる場面はほかにもある。この点については校長室にたてこもりや、コウがそこにおくれてやってくるところなど、父の伝記的な逸話を想起してしまう場面も本作にはいくつかある。さらにこのような補助線を引けば、ユウタとコウという対照的(であるがゆえに恋愛的に惹かれ合っているかのよう)なふたりの人物はそれぞれ、音楽的エピキュリアンでありながら政治的アクティビストであった坂本龍一の半身であるかに読めないこともない。というよりむしろだれもが、ことに若かりし日はそのような両義性と多義性に生き、やがて「卒業」するのか――といった大人たちの嘆息をよそに、物語の最終盤で仲間たちはハグをかわし、それぞれの道を歩みはじめる。その指のように分かたれながら拳のごとく一体的な関係の無償の美しさは胸にせまる。すがすがしい結末もまことに好ましい。そのすべてを音楽がやさしく鼓舞している。

 


MOVIE INFORMATION
映画「HAPPYEND」

監督&脚本:空音央
音楽:リア・オユヤン・ルスリ
出演:栗原颯人 日高由起刀 林裕太 シナ・ペン ARAZI 祷キララ 中島歩 矢作マサル PUSHIM 渡辺真起子/佐野史郎
配給:ビターズ・エンド
(2024年|日本・アメリカ合作|113分|PG12)
©2024 Music Research Club LLC
https://www.bitters.co.jp/HAPPYEND/
公式X:@HAPPYEND_mv
公式Instagram:@happyend.movie
2024年10月4日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開