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古い自分と新しい自分

 かつての大ヒット曲“Without Me”(2002年)を思わせる曲調で大きな話題を呼んだ先行シングル“Houdini”は全米2位まで上昇してアルバムのヒットに弾みを付けたものの、その内容的には賛否両論で、否定側の理由は時代にそぐわない表現が散見されるリリック面についての意見が主となる。流石にエミネムもそれは心得ているからこそ、奇術師のハリー・フーディーニを気取ってスリム・シェイディのキャリアを終わらせる前提を設けたのだろうし、〈昔の俺ならなんて言うかな?〉との前フリも含めてスリム・シェイディとしての露悪的な言い回しを披露しているわけだが、いつも以上にコンセプチュアルに創作されたアルバム全体においても、ポリコレをめぐってスリム・シェイディとエミネムが意見を異にするような一人賛否の表現も目立っていて、そこを聴き手がどう受け止めるかが評価の分かれ目になるのは確かだ。

 ただ、そうしたバランス取りに必ずしも成功していないとはいえ、エミネムがここで〈スリム・シェイディの死〉というテーマを持ってきた意図は見えてくるだろう。先述の〈Detroit Murder Files〉などのプロモーションなどからも窺えるように、〈無礼な態度を貫いたスリム・シェイディが時代に葬り去られる〉様子を描くこと自体が主目的だとしたら、その意味でいうとスリム・シェイディを殺すのは時代に適応した新しいエミネムだと捉えることもできる。なかでも象徴的なのは、まさに『The Slim Shady LP』に収録されていた“Guilty Conscience”の続編が収録されていることだ。同曲は不道徳なスリム・シェイディと彼を諭すドクター・ドレーの対話で構成されていたが、今回の“Guilty Conscience 2”ではそのままスリムとエミネムが意見を交わし合い、そのなかでスリムは〈俺を作り出すまでお前はコミュ障だっただろ〉とエミネムを追い詰め、これまで確執のあった面々の名前を総決算的に列挙していく破れかぶれぶり。しかも、さんざん吐き捨てた後のオチとして〈信じられないだろうけど夢を見たんだ 古い自分が新しい自分のところに戻ってきて 脳を乗っ取られて めちゃくちゃなことを言わされた〉などと言い放っているのだ。