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それぞれの道で活躍してきたジュリアン・ベイカーとトーレスが、10年前の約束を果たして極上のカントリー・アルバムを完成――胸に響く歌はきっとここにある!

 ジュリアン・ベイカーはソロでも来日ツアーを成功させるなど高い評価を得ているシンガー・ソングライターだが、いまならまずはボーイジーニアスが入り口となった人も多いことだろう。もともと交流のあったジュリアンとフィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスの3人で2018年に結成され、同年にEP『boygenius』を発表したボーイジーニアスは、そこから数年を経た2023年のファースト・アルバム『the record』が全米4位/全英1位の大ヒットを記録したスーパーグループだ。批評面においても各メディアで年間ベスト級の評価を獲得。翌年のグラミー賞において3部門を受賞した後、現在は活動休止中となっている。ソロ・アーティストとしてのジュリアンは2015年の『Sprained Ankle』からマタドール移籍作『Turn Out The Lights』(2017年)、現時点での最新作『Little Oblivions』(2021年)まで3枚のソロ・アルバムを発表し、客演なども多岐に渡っているが、いわゆるメジャーな成功後の最初のアルバムとして選んだのがトーレスとのコラボレーション作品『Send A Prayer My Way』になったというのは非常に興味深い。

JULIEN BAKER, TORRES 『Send A Prayer My Way』 Matador/BEAT(2025)

 そのトーレスことマッケンジー・スコットは、フロリダ州オーランド出身のシンガー・ソングライターだ。教会の合唱団やミュージカルで歌ってきた経験があり、ブランディ・カーライルやフリートウッド・マックに影響を受けてフォークやロックを基調にした音楽性に至り、2012年のデビュー作『Torres』が高い評価を獲得。その後もオルタナやエレポップまで音楽性の幅を広げつつ、パルチザンや4AD、マージから通算6枚のアルバムをリリースしている。現時点での最新作『What An Enormous Room』もサラ・ジャフィのプロデュースしたエッジーな作品だった。

 そんな両名のデュオ結成は、昨年6月から行われたジュリアンのツアーにトーレスが参加し、互いのステージでデュオ形式の新曲を披露するという直近のヒントもありつつ、もともとは2016年に初めて共演したシカゴのリンカーン・ホールにおけるライヴの後で「カントリー・アルバムを作るべきだね」と言葉を交わしたところから始まったそうで、実に10年来の約束が果たされたということになる。そんな閃きにも頷けるほど、このたび完成した『Send A Prayer My Way』はカントリー・ミュージックというプロジェクトを通じた両者の相性の良さを明白に証明している。いずれも過去にここまで直球でアプローチしたことはないものの、感情に訴えかける痛切な詞世界、繊細な歌声と優しいハーモニー、そしてトラディショナルなカントリー様式への愛がギターやバンジョー、ペダルスティールの穏やかな音色に乗って伝わってくるのは間違いない。

 オープニングの“Dirt”から穏やかに“The Only Marble I’ve Got Left”へと歩を進め、ハイライトとなる“Sugar In The Tank”がドラマティックに響く。この曲は南部でクィアとして育ってきた両者に共通する体験を綴った楽曲になっている。また、トーレスが愛猫の名を冠した先行シングル“Sylvia”は、保護猫を預かる引き取る日にラジオで聴いたドリー・パートンの“Cracker Jack”に涙を誘われ、「ラジオをつけて5秒で胸に響くような曲を書きたいと思った」ところから始まった曲だそう。

 そのように『Send A Prayer My Way』は、過去の恋愛から日々の後悔、差別への怒り、孤独、不公正と闘う姿勢など、さまざまな角度から普遍的な感情を洗練されたスタイルで歌って、リスナーとの共感に働きかける。どうやら単発的なユニット作品ではなく恒常的なデュオとなるようで、今後の活動にも期待できそうだ。

左から、ボーイジーニアスの2023年作『The Record』(Interscope)、ジュリアン・ベイカーの2021年作『Little Oblivions』、2017年作『Turn Out The Lights』(共にMatador)、2015年作『Sprained Ankle』(6131/Matador)

左から、トーレスの2024年作『What An Enormous Room』、2021年作『Thirstier』、2020年作『Silver Tongue』(すべてMerge)、2017年作『Three Futures』(4AD)