©Sho Kubota

ドイツで育まれた気鋭の目指す、ピアノと作曲の新たな交わり

 小倉美春は、ピアニスト・コンポーザーである。いわば、二つの顔を持つ音楽家で、両方の活動を並行して行わないと精神的なバランスが取れないのだ、と笑う。ただ、その両輪は互いに高度なものであり、深く結びついているため、一般に想像しうるようなピアニスト・コンポーザー像では、もはやない。ピエール=ロラン・エマールに憧れ、音高・リズム・強弱に厳格なシュトックハウゼン的演奏を血肉化し、今では現代音楽演奏の前線で活躍するヴィルトゥオーゾとしての自我。一方、ピアノ作曲の歴史に対し責任を負う作曲家としての自我がある、とのことだ。

 彼女の音楽への好奇心は、小学校に上がる前のピアノを始めて1、2年の頃、ブルガリアの民謡を弾く機会があり、その変拍子に魅了されたことから始まったらしい。やがて高校時代に和声の授業を契機に作曲を開始し、さらにときを経てフランクフルトへ留学した。エマールの弟子で、欧州で広く活躍するフローリアン・ヘルシャーの音楽家/教育者としての存在に惹かれたのだと言う。現在6年目となるフランクフルトの生活は、そんな師を起点に、ブーレーズやシュトックハウゼンといった現代音楽の流れと直接接続し、著名音楽家と交流し音楽家として自分を高める環境を得たと言う。

 今回B→Cで取り上げられるのは、そんな小倉が、欧州の今を代表していると捉える、ドイツで活躍する4人の女性作曲家たちの作品だ。当然趣向に富んでおり、例えば、イアノッタ作品は、エレクトロニクスでオルゴール的な音が再生され、各楽器が様々な特殊奏法を行う。一方、自作に関しては、今までヴィルトゥオーゾのための作品を作曲してきた小倉だが、今回はより抑制された音数での作曲を試みるとのことだ。そのほか、ノーノの“苦悩に満ちながらも晴朗な波”では、テープパートで再生されるのはポリーニの演奏で、ここで小倉はポリーニと対峙することになる――。

 小倉は今公演について、このように語る。「プログラム全体を通して、単にソロ楽器だけでない、室内楽、あるいはエレクトロと融合したピアノの存在、その可能性を提示したいです。また、ヨーロッパで今何が行われているか、スタイルや世代も微妙に異なる作曲家による、バラエティ豊かな世界の、時間と空間を体験できる貴重な機会となるかと思います」。

 厳選されたプログラムの中で、小倉のピアニストと作曲家としての二面性をじっくり堪能できることになるだろう。

 


LIVE INFORMATION
B→C バッハからコンテンポラリーへ
小倉美春ピアノリサイタル

2025年6月10日(火)東京オペラシティ リサイタルホール
開演:19:00

■出演
小倉美春(ピアノ)

■共演
山澤 慧(チェロ)*/片山貴裕(バス・クラリネット)**/有馬純寿(エレクトロニクス)***

■曲目
ネムツォフ:7つの思考 ─ 彼女のような(2018)***
イアノッタ:ここにいる人たちは怒っている。彼らは風のせいにする。(2013〜14)*/**/***
サンダース:シャドウ(2013)
ファラー:全体の中の一断片(2020/22)
ストロッパ:軌道…逸脱(1982)***
小倉美春:新作(2025、世界初演)
J. S. バッハ:トッカータ ハ短調 BWV911
ノーノ:…苦悩に満ちながらも晴朗な波…(1976)***

https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=17123