楽園を追われた無垢な白鳥は、暗闇を生き抜き、また光を浴びていた――純粋な美を描いた前作を経て、木下理樹が辿り着いた『1985』に横たわる、曖昧であるがゆえの優しさとは?

 2000年の結成から今年で25年、出会いや別れなど多くの出来事を経てもなおART-SCHOOLというバンドが鳴らし続けてきたのは、〈曖昧さ〉を肯定する音楽だった。鋭利であると同時に脆く、残酷でありながらどこまでも美しい。周年を迎えての初リリースとなる最新ミニ・アルバム『1985』には、そんな彼らの本質がこれ以上なく瑞々しく立ち上がっている。

ART-SCHOOL 『1985』 DAIZAWA/UKプロジェクト(2025)

 「この25年間は、とにかく紆余曲折しかなかったですね(笑)。とはいえ振り返ってみると、あっという間というか……。3月に開催したZepp Shinjukuでの結成25周年記念ライヴ〈Our Beautiful Things〉には本当にたくさんの人が集まってくれた。続けてきてよかったと心から思いました」(木下理樹、ヴォーカル:以下同)。

 90年代USオルタナ〜UKインディーを軸に、エレクトロやヒップホップなどさまざまなジャンルを咀嚼しながら音楽的な成長を遂げてきた彼ら。結成から現在まで貫かれているのは、骨子となる楽曲そのもののクォリティーである。

 「〈アコギ一本でどれだけ聴かせられるかが大事〉と、ジーザス&メリー・チェインのメンバーが話していて、それがずっと頭に残っているんです。それに、音楽だけでなく映画や書籍など、たくさんの表現から吸収していかなきゃダメだなと、ここ最近は特に思います。どうしたって年齢と共に、インスピレーションは枯渇していくものだから」。

 そんな木下が『1985』制作時によく聴いていたのは、初期のU2やニュー・オーダーなど80年代のUKロック。映画からの影響も相変わらず大きく、たとえば“Trust Me”のミックス時には、サポート・ベーシストの中尾憲太郎のアイデアにより、木下も大好きな作品であるウォン・カーウァイ監督作「天使の涙」のトレイラーを、スタジオで流しながら作業したという。他にもアゴタ・クリストフの「悪童日記」、旧約聖書、アウトサイダー・アートの象徴であるヘンリー・ダーガーの絵画など、破壊と救済の狭間にある物語が、木下の詞世界に静かに息づく。タイトルに掲げられた〈1985〉も、明確な由来こそないようだが、その年代あたりに触れたプリンスやオジー・オズボーンといった音楽への憧れが根底にあるという。

 「洋楽を聴きはじめた頃に買ったオジーの“Shot In The Dark”は、〈暗闇にドッキリ!〉という邦題が付いてて、子ども心にすごい世界があるんだなと思いました(笑)。映画『パープル・レイン』に夢中になったのも、現実とは違う世界に救いを求めてたのかもしれない」。

 過去を辿るのは、懐古ではなく問い直しだ。〈2003年にリリースした『SWAN SONG』みたいな作品をいまの自分の感覚や現メンバーで作ったらどんな感触になるだろう〉という、木下の個人的な思いから制作がスタートした『1985』は、かつての自分たちの痛みにいま一度触れようとする試みの連続でもあった。

 「前作『luminous』(2023年)からの流れも意識していて。あの先にある景色を見たかった。前作が〈純度の高いART-SCHOOL〉をめざした、光や夢、疾走感のある作品だったとすれば、『1985』はその祈りが届かなかったあとの、残された影の部分に向き合った作品だと思います。満たされているのになぜか悲しいとか、何かを失った喪失感に癒しすら感じてしまうような、そういう矛盾した感覚――それをあえて言葉にしていく作業でした。だからこそ、『luminous』とは〈対〉になっているんです」。

 収録曲“Forever And Again”では、〈I miss you〉と〈I hate you〉という、相反する感情が同居する。メンバー・チェンジや活動休止など、バンドの歴史に刻まれたさまざまな試練や葛藤、それでも手放せなかった想いを投影しているかのよう。

 「そういう矛盾に昔から惹かれるんです。多幸感のあるサウンドに救いのない歌詞を乗せたり、その逆もあったり。明確な意味を持ちすぎているものにはあまり興味が持てないんですよね。曖昧なまま、いくつもの解釈を許容するものが好き。それでいてポップであれたら、最高ですよね」。

 〈貴方が闇へと堕ちる時 三日月みたいに側にいよう〉(“Forever And Again”)。

 疎外感、矛盾、痛み、祈り――それらを否定も美化もせず、ただ寄り添うように歌うこと。それが、2025年のART-SCHOOLが見つけたひとつの答えなのだろう。

 なお、ART-SCHOOL結成25周年を記念したトリビュート・アルバムのリリースも控えている。DOPING PANDA、MONOEYES、MO’SOME TONEBENDER、THE
NOVEMBERS、indigo la End、リーガルリリー、Helsinki Lambda Club、Age Factoryといった、世代もジャンルも異なる多彩なアーティストが集結し、ART-SCHOOLというバンドがシーンに与えてきた影響の大きさをあらためて示している。

 「やっぱり、楽曲や世界観をずっと大事にしてきたことが大きいのかなと思います〈こういう曲は書けない〉というラインを自分のなかで決めて、メジャーにいた頃からそこは一切変えなかった。そういう姿勢に共感してもらえていたなら本当に光栄だし、救われる気持ちになりますね」。

ART-SCHOOLの近年の作品。
左から、2023年作『luminous』、2022年のEP『Just Kids .ep』(共にDAIZAWA/UK.PROJECT)