
音楽性の広がりと変化
ヴォーカリストとしてさらなる高みに達したのが、2003年発表のセカンド・アルバム『The Diary Of Alicia Keys』だ。とりわけ、当時新鋭のカニエ・ウェストが手掛けた“You Don’t Know My Name”と、アリーヤの急逝を受けて書いた“If I Ain’t Got You”での狂おしく情熱的な歌が人々の胸を打つ。以降は破竹の勢いで、2005年には休止中だった「MTV Unplugged」を復活させてライヴも敢行。それはアルバム『Unplugged』として映像版と共にパッケージされている。R&Bというジャンルの妙味を時代の気分と共にもっとも明快に伝えていたのが、この時期のアリシアだろう。
対して、R&Bに軸足を置きつつリンダ・ペリーらと組んでポップ・フィールドに接近したのが、〈ジャニス・ジョプリンmeetsアレサ・フランクリン〉とも謳われた2007年作『As I Am』だ。NYのロングアイランドに新たなスタジオを構え、ヴィンテージ・シンセ(Jupiter-8)も使用した同作では、先行シングル“No One“の大ヒットもあってファン層を拡大。前年末には銀幕デビューも飾り、活動の幅を広げていく。
ジェイ・Zとの“Empire State Of Mind”がヒットした2009年には、そのスピンオフ的な“Empire State Of Mind (Part II) Broken Down”を収録した『The Element Of Freedom』をリリース。ダークで沈鬱としたトーンでまとめられた同作は、当時ファンの間でも賛否を呼んだ。が、ノア“40”シェビブが制作に絡み、ドレイクも共作した“Un-Thinkable (I’m Ready)”に代表されるアトモスフェリックなムードは、いま思えばウィークエンドに代表されるアンビエントR&Bの先駆けのようでもあり、2010年代の潮流を先取りしていたとも言える。このアルバムを最後にケリー“クルーシャル”ブラザーズとの蜜月は終わりを迎え、後見人であったジェフ・ロビンソンのもとからも去っている。代わりにジェフがMBKエンターテインメントに招き入れたのが、アリシアに憧れ、後にH.E.R.を名乗るガビ・ウィルソン。アリシア自身の音楽も含めてシーンが変わりはじめていた。
私生活も変化した。スウィズ・ビーツと恋仲になっていたアリシアは2010年5月にスウィズと婚約し、10月には長男エジプトを出産。〈母〉という肩書も加わった。また、翌年にはJの閉鎖でRCAへ転籍。デビュー以来の大きな転機を経て2012年11月にリリースしたのが、裏方も豪華な『Girl On Fire』である。本人が「檻から解放されたライオンのよう」と語っていたとおりのアグレッシヴな内容で、ウーマン・エンパワーメントに繋がる力強い主張も感じさせた。