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共作者タロスとのこと

 タロスは昨年の8月に短い闘病生活のはてに故郷で没している。ふたりが知り合って1年ほどのちのことだというが、『A Dawning』の制作を開始した時点ではタロスは病魔にむしばまれているようにはみえなかった。「彼はチャーミングでハンサムでとても気持ちのいい、一緒にいて楽しい人物でした」とアルナルズはふりかえるが、その3ヶ月後には病の床に伏せてしまう。それにより「すべてが変わった」とアルナルズは言葉を継ぐ。

 「いまや音楽をつくることは楽しく、実験的なだけでなく、生と死をめぐる重みのある行為になりました。私にとって音楽は友人とともに時間をすごすための手段でもありましたが、タロスにとっても前に進む力であり癒しでもありました」(アルナルズ)

 アルナルズの発言に、コンセプトについてはどのようなお話をされたんですか、と坂本美雨は問いかける。

 「たとえこのアルバムが彼の遺作になるのだとしても、悲しみだけにしたくなかったのです。よろこびもあれば、大切なもの、目的、生きるということ、死ではなく生を感じさせる音楽にしたかった。もちろん生きることと死ぬことというのは陰と陽の関係にあり、ともに不可欠なものではあるけれども、それぞれの曲が友情について、愛に、生きることについて歌っていて、畏れもあるけれども希望もある、そのようなアルバムにしたかったのです」(アルナルズ)

 はたして『A Dawning』は表題通り、闇から光へ明けそめるかのごとき、かそけき力感のこもる一枚となった。冒頭のごく短いインストの導入につづき、ピアノ、エレクトロニクス、ストリングスやフィールド録音など、アルナルズはさまざまな手法を試みるが、総じて抑制的で、淡さを基調とする響きにタロスの柔らかな手ざわりの歌声が折り重なっていく。“Sing”“Bedrock”“Borrowed Time”“A Dawning”“We Didn’t Know We Were Ready”など、タロスの歌というよりも生を全面に押し出すかのような楽曲の粗さと清澄さの同居したサウンドはきわめて特長的である。

 これらの楽曲はタロスが他界した時点で制作が進行していたが、ボーカルトラックはデモ用に録ったものをそのまま使ったのだという。各曲テイク数を重ねることもなく、ほとんどがワンテイクだった。

 「彼が他界してから、その5曲のほかになにかないかと探したところ、アイデアスケッチのような音源がみつかりました。あえてその未完成な作品が入れることが、本作にとって意義のあることのように思えたのです」(アルナルズ)

 アルナルズの発言を受けて坂本美雨は「終わるということはないですもんね」と首肯し、以下のように言葉をかさねる。

 「音楽に完成はないと思う。すでにある曲も、身体の細胞が毎日変わるように、ずっと変わっていくものだと思う。だから締め切りが必要なのかも(笑)」(坂本)

 「音楽はいまも生きていて、アルバムはひとつのバージョンにすぎない。写真を撮るようなものだと思うんです」(アルナルズ)

 「私の中に父の音楽はいまも生きていて、これからも一緒に生きていく。だと思うんです」(坂本)

 「私にとっても坂本龍一さんの音楽は同じですよ。私たちは音楽を通じて、美雨さんのお父さんとも、オーエン(タロス)とも、ともにいるのです」(アルナルズ)

 「芸術は長く、人生は短し」とは坂本龍一氏が生前しばしば口にし、2023年の彼の死を悼む文章でも目にすることの少なくなかった、いわば芸術的な真実だが、死にはそのような思考をはねつける厳然としたものでもある。というよりむしろ死の陰画としての芸術の永遠性でもあるのだから、喪の期間こそ新たな生のはじまりである。

 坂本龍一氏の死後、喪失感はありませんか、という愚問というほかない私の問いに坂本美雨は「喪失感には波がありましたし、いまもあります」と率直な答えを返す。

 「オラファー(アルナルズ)がアルバムを完成させたときに、タロスさんと、これでいいかな、と対話しながら進めていく。私の場合、それがもう日常にあるというか、たとえば私が社会的な発言をしたりするとき、父ならどうするかなとか、彼はきっと認めてくれるだろうとか。そういう対話が日々のなかに、音楽以外にもあるんです」(坂本)

 「美雨さんのInstagramをみると坂本龍一さんのことを思い出します。人権問題やパレスチナのこと──」(アルナルズ)

 「動物たちのことも。すべてが私の音楽にも生き方にもつながっているんです」(坂本)

 「私のことでいえば、けっこう完璧主義者なんですね。今回のアルバムでも、未完の部分に手を加えて直してしまいそうになりました。その一方で、彼が残したものに手を加えたくないという気持ちもあり、つねにこれでいいかなと対話をつづけていました。タロスも完璧主義者でしたし、人権問題にもパレスチナの問題にも自覚的でした」(アルナルズ)

 「“A Dawning”の歌詞の一節〈this war is our dawning〉はもしかしてパレスチナのことを歌っているのかと思いました」(坂本)

 「おそらくそれは彼の病を指すのだと思いますが、すべての人はいろんなかたちの〈war〉をかかえているのではないでしょうか」(アルナルズ)