〈喫茶ロック〉ブームの盛り上がりとレミオロメンの飛躍
エクレクティックな音楽を志向するバンドが増えた一方で、サニーデイ・サービスやくるり、こちらも〈98年の世代〉を代表する一人である中村一義、あるいは2000年に名曲“エイリアンズ”を発表したキリンジや空気公団などの登場から、そのフォーキーな歌の側面にフォーカスが当たり、〈喫茶ロック〉がブームになったのも2000年代初頭。1970年代のフォークやロックを中心にコンパイルされた『喫茶ロック』シリーズの現代版として2002年にリリースされ、くるり、キリンジ、空気公団に加え、クラムボンやキセルも参加したコンピ盤『喫茶ロック now』はこの時代のムードをよく表している。
また、同じ年には、はっぴいえんどのトリビュートアルバム『HAPPY END PARADE〜tribute to はっぴいえんど〜』もリリースされていて、こちらにもくるり、キリンジ、空気公団が顔を出しており、曽我部恵一や永積タカシも参加。同アルバムにジム・オルークやトータスのジョン・マッケンタイアといったポストロック勢が参加しているのもこの時代ならではだ。
今振り返ると、こういった〈歌もの〉の流れともリンクしていたように感じられるのが、UK.PROJECTが2001年に設立したのが〈歌とギターにこだわったレーベル〉であるDAIZAWA RECORDS。〈下北沢ギターロック〉を象徴する一組のsyrup16g、中田裕二率いる椿屋四重奏、メンバーの三井律郎がアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の音楽に関わったことでも再注目されたLOST IN TIMEらが代表的だが、最大のヒットを飛ばしたのは2003年にミニアルバム『フェスタ』でインディーズデビューを果たしたレミオロメンだ。
レミオロメンは同年にメジャーデビューすると、2004年に“3月9日”、2005年に“粉雪”と、J-ROCK/J-POP史に残る名曲を発表し、全国区の人気を確立した。2012年からバンドは活動を休止し、現在は藤巻亮太がソロで活動しているが、先日バンドの公式SNSがオープンして、その動向に注目が集まる。
〈4つ打ちロック〉の源流はどこか
DAIZAWA RECORDSと時代感を共有していたのが、ロフトプロジェクトが〈良質な歌とメロディ〉をテーマに2002年に立ち上げたレーベルSONG-CRUX。メレンゲや音速ラインらを輩出したこのレーベルを代表するのが、2002年にミニアルバム『アラカルト』でインディーズデビューしたフジファブリックである。2004年にメジャーデビューすると、言わずと知れた名曲“若者のすべて”を2007年に発表。2009年に志村正彦が亡くなった後も、残ったメンバーで活動を続けてきたが、今年2月のライブをもって活動を休止した。
ロフトプロジェクトが下北沢SHELTERの運営母体であることなども含め、やはり2000年代のバンドシーンと下北沢という土地は切っても切り離せない関係にあるが、当時の下北沢シーンの末っ子的な存在がBase Ball Bearだったように思う。2003年に『夕方ジェネレーション』でインディーズデビューを果たし、下北沢GARAGEをホームにライブ活動を展開。2006年にメジャーデビューをすると、2010年1月に日本武道館で単独公演をするまでに駆け上がっていった。
小出祐介がBase Ball BearのルーツとしてスーパーカーやNUMBER GIRLとともによく名前を出しているのがTRICERATOPSで、特にビートに関しては彼らからの影響が大きいという。これに関連して、いわゆる〈4つ打ちロック〉の源流は誰かという論争が時折見受けられるが、2000年代においてはくるりやスーパーカーがダンスミュージックからの影響で4つ打ちを多用し、それをよりロックバンド的な表現に落とし込んだASIAN KUNG-FU GENERATIONの“君という花”が生まれたことが、やはり当時の日本のロックシーンに大きな影響を与えたように思う。
そこからBase Ball Bearに繋がり、この連載の次回に出てくる予定のサカナクションやthe telephonesらがまた時代を更新するわけだが、2010年代のKANA-BOONらによる高速化を経た現代においては、“君という花”よりもBPMが速い“Re:Re:”が4つ打ち曲の代表になっていて、2020年代におけるWurtSらの影響源にもなっているのが面白い。
ちなみに、個人的には2000年代のロックバンドによるダンスミュージックの最高峰はJERRY LEE PHANTOM〜THE BEACHESだと思っているので、彼らを未聴の若いリスナーにはぜひ作品に触れてほしいと思う。


