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現代音楽と無声映画のコラボレーション IRCAMシネマ〈チャップリン・ファクトリー〉――アコーディオン、打楽器、ソプラノ、クラリネット、チェロ、トロンボーン、エレクトロニクスによるユニークな作品を生演奏!

 東京文化会館では、昨年から始まった新しい音楽祭〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉が、11月13~17日に開かれる。〈ランタンポレル〉とは、フランス語で〈時代を超越した〉という意味。音楽監督、野平一郎のプロデュースで、現代音楽を、コアなファンだけではなくもっと多くの人に楽しんでもらえるよう、古典とコンテンポラリーを柔軟に組み合わせたユニークなプログラムが組まれている。

 なかでも、〈IRCAMシネマ〉は、フランスのIRCAM(フランス国立音響音楽研究所、以下イルカム)との提携によるプロジェクトで、ここ数十年で修復が進んできた歴史的なサイレント映画と、イルカムの委嘱で映画のために新たに作られた音楽が一緒に上演される。20世紀初頭の映画史初期の音のない映像世界と、イルカムの最先端テクノロジーを用いた音楽のクロスオーバーは、このフェスティバルのハイライトとも言えよう。

 昨年のIRCAMシネマは、映画は衣笠貞之助の映画「狂った一頁」(1926年)で、音楽は平野真由(1979年-)の手によるものだった(初演:2021年、パリ)。今年は、アルゼンチン出身パリ在住で、長年に渡りイルカムとコラボレーションを続ける、マルティン・マタロン(1958年-)作曲の“チャップリン・ファクトリー”。初演は昨年で、イルカムの音楽祭〈マニフェスト〉の開幕を飾った。

 ジュリアード音楽院で学んだ後、1993年にパリに移住したマタロンは、95年にイルカムの依頼で、初めてフリッツ・ラングの「メトロポリス」(1927年)のための音楽を作曲した。以来、ルイス・ブニュエル、エルンスト・ルビッチ、バスター・キートンと、サイレント映画のための音楽を作り続け、〈シネ・コンセール(シネマ・コンサート)〉の作曲法のマスタークラスも行っている。

 今回の映画は、チャーリー・チャップリンの「放浪者」(1916年)、「舞台裏」(1916年)、「移民」(1917年)でマタロン自身が選んだ。どれも25分ほどで、チャップリンの映画制作が世界的に大成功しだした頃のミューチュアル社時代のものである。ユーモラスな身振りやギャグは多いものの、ドタバタ過ぎずに、3本とも貧しい主人公が苦境の中で恋を実らせる様子が繊細に描かれている。

 マタロンは、シネ・コンセールの作曲には、まず映画の構造である「モンタージュを理解することが大事」と説く。その上で、音楽は映像の付随や描写ではないどころか、映像に対して自由で、独立した構造とロジックがなければいけないと考える。「映像と音楽が交わるポイントがいくつかあれば、いつもシンクロしているような印象を与える」とのこと。もちろん関係がないわけではなく、音楽は、映像と並行していて、必要に応じて前面に現れたりあるいは影をひそめたり、具体的な映像に対して抽象的になったりなど、「対位法」をなすものだと言う。

 マタロンの音楽といえば、もちろんシネ・コンセールだけではなく、ライフワークとして書き続けられている、独奏楽器とアンサンブルのための“トラム(横糸)”(1997年から14曲)と、独奏楽器(声)とライヴ・エレクトロニクスのための“トラス(軌跡)”(2004年から22曲)が真っ先に挙げられるだろう。そこでは、多彩な音色のパレットや小気味よいリズムとともに、やはり楽器同士やエレクトロニクスとのやりとりや関係の絶妙さがマタロンの音楽の魅力として光る。“チャップリン・ファクトリー”でも、マタロンが「自立した友好関係」と呼ぶ、音楽と映像のインタラクティブな関係に目と耳を傾けたい。

 指揮は、よく自作を指揮しているマタロン自身で、演奏は、フランスの現代音楽シーンに欠かせないトリオ・カデム(パーカッション2人、アコーディオン1人)と、ソプラノ、クラリネット、チェロ、トロンボーン。そこに、録音されたシンセサイザーの電子音やライヴ・エレクトロニクスが加わる。見どころ・聴きどころ盛りだくさんな公演が楽しみである。

 


LIVE INFORMATION
野平一郎プロデュース フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel ~時代を超える音楽~

2025年11月13日(木)~17日(月)東京文化会館

フェスティヴァル・ランタンポレル トークセッション
2025年11月13日(木)東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:30/19:00

■出演
マルティン・マタロン、アントニー・ミエ、野平一郎 ほか

IRCAMシネマ「チャップリン・ファクトリー」~現代音楽と無声映画のコラボレーション~
2025年11月14日(金)東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:30/19:00

■上映映画
「放浪者」(1916年)、「舞台裏」(1916年)、「移民」(1917年)
監督:チャーリー・チャップリン
出演:チャーリー・チャップリン ほか
作曲・指揮:マルティン・マタロン
(2024年IRCAM-Centre Pompidou, the Compagnie Cadéëm, the Centre Henri Pousseur委嘱作品)

■出演
指揮:マルティン・マタロン
Trio K/D/M(トリオ・カデム)
アコーディオン:アントニー・ミエ
パーカッション:エミル・クイヨムクイヤン、ギ・フリッシュ
ソプラノ:砂田愛梨*
クラリネット:西川智也*
チェロ:髙木慶太
トロンボーン:髙瀨新太郎*
IRCAMエレクトロニクス:ディオニジオス・パパニコラウ
IRCAMサウンド・ディフュージョン:シルヴァン・カダー

Trio K/D/M(トリオ・カデム)~アコーディオン&パーカッションアンサンブル~
2025年11月15日(土)東京文化会館 小ホール
開場/開演:17:15/18:00

■出演
Trio K/D/M(トリオ・カデム)
アコーディオン:アントニー・ミエ
パーカッション:エミル・クイヨムクイヤン、ギ・フリッシュ
IRCAMエレクトロニクス:ディオニジオス・パパニコラウ
IRCAMサウンド・ディフュージョン:シルヴァン・カダー

マルティン・マタロンによるマスタークラス
2025年11月16日(日)東京文化会館 大会議室
開始:11:00

キャロル・ロト=ドファン(ヴィオラ)&東京文化会館チェンバーオーケストラ・メンバー ~モーツァルト&ベンジャミン~
2025年11月16日(日)東京文化会館 小ホール
開場/開演:14:15/15:00

■出演
ヴァイオリン:篠原悠那*、福田麻子*
ヴィオラ:キャロル・ロト=ドファン、田原綾子*
チェロ:上村文乃*、加藤文枝*、西田 翔*
コントラバス:白井菜々子*、水野斗希*
メゾソプラノ:花房英里子*
指揮:馬場武蔵

*東京音楽コンクール入賞者・入選者

福間洸太朗ピアノ・リサイタル~モーツァルト&ベンジャミン~
2025年11月17日(月)小ホール
開場/開演:18:15/19:00

■出演
ピアノ:福間洸太朗

公演ページ:https://www.t-bunka.jp/info/26043/