
絶好調のテノールの〈今〉を聴く
――宮里直樹が〈響の森〉の「泣いた赤おに」に登場!
今絶好調のテノールといえばこの人、宮里直樹。甘く明るくまるみのある声はよくコントロールされ、物語や感情を豊かに表現しながら端正さもうしなわない。つい先ごろもパワフルな声と演技力が評価され、出光音楽賞の受賞が発表されたばかりだ。
そんな宮里が大きく羽ばたくきっかけになったのが、東京文化会館が主催する〈東京音楽コンクール〉での最高位(第2位)および聴衆賞の受賞(2012年)である。「入賞者のプロフィールをマネジメントやオーケストラなどにご紹介いただいたことでたくさんのオファーをいただけるようになり、キャリアが大きく開けました」(宮里。以下同)。
6月にはその古巣とも言える東京文化会館の名物シリーズ〈響の森〉で、同じく東京音楽コンクールで第2位を受賞(2015年)、目覚ましい活躍を見せるソプラノの迫田美帆と共演する。〈響の森〉でオペラの名曲を取り上げるのは約20年ぶりだが、それもこの二人がいるがため。歌われるのはプッチーニ・オペラのアリアと二重唱だ。
「プッチーニを歌うのはテノールの醍醐味です。キャッチーなメロディをたくさん与えてくれていて、テノールのことを考えてくれているのがわかる。
一方で、感情に溺れないようにするのも大切です。冷静な部分が必要であると同時に、泣いている時は自分も〈泣く〉気持ちを持って表現しないとお客様に伝わりません。そのせめぎ合いが面白いところでもあります。頭でどこまで考えてパズルのように組み立てられるか。材料はプッチーニが出しているので、その材料をうまく料理するにはどうしたらいいか考える。プッチーニに限らず、新しい曲に取り組む時は自分でピアノを弾きながらアナリーゼし、全体を把握するようにしています。あらかじめ分析しておくと、納得して歌えるのです。
〈しゃべりながら歌う〉ことも大事です。特にプッチーニはそう。うまく喋れば曲になる。今回はコンサートですが、ただ〈アリア〉として歌うのではなく、あるべきストーリーを伝え、誰に向かって語っているのかを意識して歌うことが重要です」
現在の声は「リリコ」だと自己評価する宮里にとって、今回のプログラムにもある「ラ・ボエーム」のロドルフォは「この役を中心に、行ったり来たりするのが自分の声にとって健康的」だと位置付ける重要な役。今回歌うのは第1幕で主人公たちが出会って恋に落ちる場面だが、「誰にでも起こりうる話で、想像しやすい。こういう出会いがあるといい、と思っていただけるように歌えれば」。
指揮の沼尻竜典とは共演を重ね、信頼し合う間柄。「歌手に無理をさせず、こちらのサインにもすぐ応えてくれて、歌いやすく音楽を進めてくれるマエストロ」だと太鼓判を押す。
9月には東京文化会館のこれも名物シリーズ「オペラBOX」で、3度目になる松井和彦の「泣いた赤おに」に主演する。友情の大切さを描いて万人を魅了する名作だ。
「『赤おに』は大好きです。自分も泣いてしまうし、お客様も子供から大人まで泣いてしまう、心に染みる作品。登場のアリアもピュアだし、最後に青おにに謝るアリアも心をえぐられるし、どの曲も捨て難いです。
〈オペラBOX〉はとてもいい企画だと思います。文化会館の小ホールはお客様との距離が近く、オペラを身近に感じていただけるし、解説を入れたりと柔軟で、オペラの可能性を広げてくれる試みですね。これからもオペラBOXにはできる限り参加したい」
これまでイタリア・オペラを中心に活躍してきたが、これから夏にかけてはリヒャルト・シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」やワーグナー「さまよえるオランダ人」への出演も控える。
「もともとヴァイオリン弾きだったので、音楽的にはドイツものの方が自分にとっては自然なんです。ドイツ・オペラもずっとやってみたいと思っていたし、来年は『トゥーランドット』のカラフも歌うので、それに向けてもちょうどいいステップになると思っています」
旬のテノールの〈今〉から、ますます目が離せない。
宮里直樹(Naoki Miyazato)
東京藝術大学首席卒業。明治安田クオリティオブライフ文化財団の助成により渡欧、ウィーン国立音楽大学にて学ぶ。2015年度ロームミュージック ファンデーション奨学生。第23回リッカルド・ザンドナーイコンコルソ第2位。第48回日伊声楽コンコルソ第1位並びに五十嵐喜芳賞および歌曲賞、第10回東京音楽コンクール声楽部門第2位(1位なし)並びに聴衆賞、第28回アジア国際音楽コンサートにて金賞、テノール特別賞等受賞歴多数。オペラでは、日生劇場「ラ・ボエーム」ロドルフォ、「マクベス」マクダフ、二期会「蝶々夫人」ピンカートン、「ファルスタッフ」フェントン、東京芸術劇場シアターオペラ/全国共同制作プロジェクト「ラ・トラヴィアータ」アルフレード、新国立劇場「ばらの騎士」テノール歌手、同鑑賞教室「ラ・ボエーム」ロドルフォ、宮崎国際音楽祭「仮面舞踏会」リッカルド、いずみホール「真珠採り」ナディール、東京文化会館オペラBOX「トスカ」カヴァラドッシ等多数出演。コンサート・ソリストとしても、ロッシーニおよびドヴォルザーク“スターバト・マーテル”、ヴェルディ“レクイエム”、マーラー“大地の歌”等で高い評価を得ている。二期会会員。
LIVE INFORMATION
《響の森》Vol.56「オペラとシンフォニーへの誘い」
2025年6月8日(日) 東京文化会館 大ホール
開演:14:00
■出演
沼尻竜典(指揮)
迫田美帆*(S)
宮里直樹**(T)
東京都交響楽団
■曲目
プッチーニ:歌劇『蝶々夫人』より 愛の二重唱 */**
プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「冷たい手を」**、「私の名はミミ」*、「愛らしい乙女」*/**
プッチーニ:歌劇『トゥーランドット』より「ご主人様お聞きください」*、「誰も寝てはならぬ」**
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 op.95《新世界より》
https://www.t-bunka.jp/stage/24944/
東京文化会館オペラBOX『泣いた赤おに』
[全1幕4場/日本語上演/日本語・英語字幕付き]
2025年9月21日(日)東京文化会館 小ホール
開演:15:00
■台本・作曲・指揮
松井和彦
■演出
久垣秀典
■出演
赤おに:宮里直樹
青おに:黒田祐貴
木こり:寺田功治
その娘:盛田麻央
百姓:岸野裕貴
その女房:八木寿子
ナレーター:小川栞奈
ナビゲーター(プレトーク):朝岡聡
児童合唱&合奏:コロスわらんべ
ピアノ:服部容子 ほか