
©Didier Olivre
作曲家マルティン・マタロンの世界を知る絶好のチャンス! マスタークラスも開催決定!
コンテンポラリー・ミュージックをより開かれたものにしたいとの思いから、2024年にスタートした東京文化会館の新しい音楽祭〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉。2回目の開催となる今年は、マルティン・マタロンとジョージ・ベンジャミン、ふたりの作曲家に光が当てられる。ここでは、マタロンのプログラムを深く掘り下げてみよう。
マルティン・マタロンは1958年、ブエノスアイレス生まれ。作曲は主にアメリカで学び、ボストン音楽院で学士号、ニューヨークのジュリアード音楽院で修士号を取得した。1993年にパリへと移り住み、以来フランスを拠点に創作活動を展開している。IRCAMは1990年代からマタロンの作曲活動のベースとなっており、無声映画のための作曲もIRCAMの委嘱により1995年にスタートした。第1作となったフリッツ・ラングの「メトロポリス」に始まり、ルイス・ブニュエル、エルンスト・ルビッチ、バスター・キートンなど、無声映画の名監督たちの作品に音楽を書いてきたマタロン。今回、〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉で取り上げられる“チャップリン・ファクトリー”(11月14日)も、チャーリー・チャップリンの「放浪者」「舞台裏」「移民」をアコーディオン、打楽器、ソプラノ、クラリネット、チェロ、トロンボーン、エレクトロで彩るマタロンの代表作のひとつである。
マタロンは無声映画の〈シネ・コンセール(シネマ・コンサート)〉と映画音楽の違いについて次のように語っている。
「私にとって〈映画音楽〉と〈シネ・コンセール〉は全く別のものです。〈シネ・コンセール〉のための音楽は、映画音楽のように事前に録音されたものではなく、ライヴでの演奏を前提にしています。映画音楽は、映画の一要素であり、それは映画におけるひとつの機能に過ぎません。映画制作の現場では監督の意向に沿って作曲することが求められますし、俳優たちの台詞がなにより尊重されます。それに対して、〈シネ・コンセール〉はあくまでコンサートであり、映像が音楽に付随していると言うこともできるでしょう。無声映画の場合は、言葉が聞き取れるように配慮する必要もありませんので、映像との関係において、作曲家はより自由です。無声映画の監督たちはみなこの世を去っていて、もはやコミュニケーションをとることはできませんので、作曲家は自分が望むように音楽を書くことができますし、そこでは音楽が主体なのです」(マルティン・マタロン、以下同)
マタロンは第1作の「メトロポリス」から、無声映画への作曲にコンピュータを用いてきた。コンピュータによって、楽器、エレクトロと映像は完全にシンクロしたものとなり、音楽は観客と映像の接続点としても機能するのである。こうしたアプローチは“チャップリン・ファクトリー”でも同様である。
今回はこうした〈シネ・コンセール〉のための作曲をテーマにしたマスタークラスも開催される。日本で〈シネ・コンセール〉のための作曲を、その第一人者であるマタロンから学べるのは貴重な機会となるだろう(11月16日)。
「マスタークラスでは〈シネ・コンセール〉をテーマに、映像に対してどのように作曲するのか、お話ししたいと思っています。日本へ行くのは今回が初めてですが、リヨン国立高等音楽院ではこれまでにも山本哲也さんなど日本の若い作曲家を指導してきたので、マスタークラスで日本の新しい才能と出会えるのをとても楽しみにしています」
最後に、“チャップリン・ファクトリー”で演奏を担うTrio K/D/M(トリオ・カデム)についても触れておこう。この作品はIRCAMとTrio K/D/Mの委嘱により書かれたもので、アコーディオンとパーカッションというユニークな編成もTrio k/D/Mのそれに即している。マタロンはTrio K/D/Mのためにいくつも作品を残しており、11月15日の公演で演奏される“KDMフラグメンツ”もそのひとつである。
「アコーディオン奏者のアントニー・ミエ、そしてふたりの打楽器奏者、エミル・クイヨムクイヤンとギ・フリッシュからなるTrio K/D/Mは、大変ユニークかつ、才能溢れるアンサンブルです。私がTrio K/D/Mのために書いた最初の作品は三重協奏曲で、この作品はカタールで初演されました。今回日本で演奏される“KDM フラグメンツ”は、Trio K/D/Mのために書いた2曲目の作品になります。カタールでのプロジェクトは、指揮者がコンテンポラリー・ミュージックに不慣れだったこともあり、満足のいく結果ではありませんでしたが、Trio K/D/Mの演奏は強い印象を残しました。そこで、改めて彼らの魅力が引き立つ作品を書くことにしたのです」
“チャップリン・ファクトリー”とTrio K/D/Mの室内楽公演で、IRCAMのチームがエレクトロを担当する点も見逃せない。音楽監督の野平一郎が「作曲家の意図と作品の本質を深く理解したうえで明晰な仕事をする人たち」と絶賛する彼らが、演奏会の密度をさらに高めてくれるだろう。今回が初来日となるマタロンの音楽を、どうか隅々まで味わい尽くして欲しい。
LIVE INFORMATION
「野平一郎プロデュース フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l'Intemporel ~時代を超える音楽~」
2025年11月13日(木)~17日(月)東京文化会館
フェスティヴァル・ランタンポレル トークセッション
2025年11月13日(木)東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:30/19:00
■出演
マルティン・マタロン、アントニー・ミエ、野平一郎 他
IRCAMシネマ「チャップリン・ファクトリー」~現代音楽と無声映画のコラボレーション~
2025年11月14日(金)東京文化会館 小ホール
開場/開演:18:30/19:00
■上映映画
「放浪者」(1916年)、「舞台裏」(1916年)、「移民」(1917年)
監督:チャーリー・チャップリン
出演:チャーリー・チャップリン ほか
作曲・指揮:マルティン・マタロン
(2024年IRCAM-Centre Pompidou, the Compagnie Cadéëm, the Centre Henri Pousseur 委嘱作品)
■出演
指揮:マルティン・マタロン
Trio K/D/M(トリオ・カデム)
アコーディオン:アントニー・ミエ
パーカッション:エミル・クイヨムクイヤン、ギ・フリッシュ
ソプラノ:砂田愛梨*
クラリネット:西川智也*
チェロ:髙木慶太
トロンボーン:髙瀨新太郎*
IRCAMエレクトロニクス:ディオニジオス・パパニコラウ、エティエンヌ・デムラン
IRCAMサウンド・ディフュージョン:シルヴァン・カダー ほか
Trio K/D/M(トリオ・カデム)~アコーディオン&パーカッションアンサンブル~
2025年11月15日(土)東京文化会館 小ホール
開場/開演:17:15/18:00
■出演
Trio K/D/M(トリオ・カデム)
アコーディオン:アントニー・ミエ
パーカッション:エミル・クイヨムクイヤン、ギ・フリッシュ
IRCAMエレクトロニクス:ディオニジオス・パパニコラウ
IRCAMサウンド・ディフュージョン:シルヴァン・カダー
マルティン・マタロンによるマスタークラス
2025年11月16日(日)東京文化会館 大会議室
開始:11:00
キャロル・ロト=ドファン(ヴィオラ)&東京文化会館チェンバーオーケストラ・メンバー ~モーツァルト&ベンジャミン~
2025年11月16日(日)東京文化会館 小ホール
開場/開演:14:15/15:00
■出演
ヴァイオリン:篠原悠那*、福田麻子*
ヴィオラ:キャロル・ロト=ドファン、田原綾子*
チェロ:上村文乃*、加藤文枝*、西田翔*
コントラバス:白井菜々子*、水野斗希*
メゾソプラノ:花房英里子*
指揮:馬場武蔵
*東京音楽コンクール入賞者・入選者
福間洸太朗ピアノ・リサイタル~モーツァルト&ベンジャミン~
2025年11月17日(月)小ホール
開場/開演:18:15/19:00
■出演
ピアノ:福間洸太朗