〈明日に架ける橋〉がいまも伝える時代の空気

 不滅のポップ・デュオ、サイモン&ガーファンクルのラスト・アルバム『Bridge Over Troubled Water』が、70年のリリースから55周年を記念して、CD層と新たなリマスタリングを施したSACD層から成るハイブリッド仕様で日本独自リイシューされた。

SIMON & GARFUNKEL 『明日に架ける橋』 ソニー(2025)

 リリース時点でキャリア最大のヒットを記録(日本でもオリコンの総合LPチャートで7週連続1位を獲得)し、グラミー賞の〈最優秀アルバム〉部門に輝いた本作が現在に至るまで名盤として親しまれている所以は、60年代的な理想主義の季節がゆっくり幕を閉じ、内省的で個人主義的な時代へと移行する過渡期の空気や時代性を映し出している点にある。間と余白を伴う静けさと、楽観的な気分に染まる喧騒が交錯する構成は、リリースされた年の特殊なムードを投影したもの。フォークやロックに宿ると思われていた純朴な精神が萎んでいく一方で複雑かつ現実的な感情が流れ込みつつあった時期ならではの表現も高い評価を得てきた理由だろう。

 そのなかでもアート・ガーファンクルの一世一代の歌唱が刻まれ、作曲家としてのポール・サイモンの成熟具合を物語るのが表題曲だ。ゴスペル的な昂揚感と清廉な歌声が織りなすスケールはいまなお揺るぎない説得力を放つ。また、“The Only Living Boy In New York”も本作を象徴する一曲。友情と創作のパートナーシップの別れを静かに見つめ、〈僕たちこの先はもうないんだよ〉と呟くような歌唱はひたすら切なくて痛い。また、録音に100時間以上かけたという大作“The Boxer”も作品の核を成している。シビアな現実をなんとか生き抜こうする男の孤独な尊厳を丹念に描き出したこの曲は、深いエコーの響きと寄せては返すコーラスやストリングスの効果もあって表題曲に並ぶ劇的な一曲に仕上がっている。

 一方で、民族音楽的なリズム・アプローチが軸を形成していることも押さえておきたい。ペルーの作曲家、ダニエル・アロミア・ロブレスの曲を下敷きにした“El Condor Pasa”や、カリビアン風味のパーカッションが印象的な“Cecilia”はポールの〈ワールド・ミュージック〉志向の萌芽を示すものだが、音楽や文化が世界規模で混じりはじめる70年代的なグローバル化の気運に先駆けていたと捉えても興味深い。そうした名曲がよりヴィヴィッドな音質で楽しめる今回の55周年記念盤。初の7インチ紙ジャケ仕様ということもあって、すでに親しんでいるリスナーも見逃し厳禁だ。

左から、ポール・サイモンの2023年作『Seven Psalms』(Legacy)、ガーファンクル&ガーファンクルの2024年作『Father And Son』(BMG)