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ゴッドマザー・オブ・パンクの初作が50周年、その衝撃を再検証!

 ロック史においてひときわ特異な光芒を放つ75年の名盤、パティ・スミスのデビュー・アルバム『Horses』の50周年記念盤がCD/LP共に2枚組でリリースされた。Disc-1はオリジナル・マスターテープからのリマスタリング盤、Disc-2にはほとんどが初出となる未発表音源を収録している。本稿では『Horses』の魅力と独自性について振り返りつつ、発掘されたレア音源にも触れたい。

PATTI SMITH 『Horses (50th Anniversary)』 Arista/Legacy/ソニー(2025)

 1946年にシカゴで生まれたパティは、詩人のアルチュール・ランボーに憧れて詩作を続ける一方、ローリング・ストーンズにも心酔するロックな文学少女だった。彼女は工場労働などの灰色の現実から脱却すべく、67年にNYへと移住。のちに有名な写真家となる恋人、ロバート・メイプルソープとの出会いを契機に、ウィリアム・バロウズやサム・シェパードら幾多の文化人とも交流を重ねていった。70年代初頭からレニー・ケイのギターを伴奏に詩を朗読するパフォーマンスを始め、74年にはテレヴィジョンのトム・ヴァーレインも参加したシングル“Hey Joe”を自主制作で発表、次第に注目を集めるようになる。そして翌75年、満を持してデビュー・アルバムを世に問うた。

 その『Horses』は元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルによるプロデュースで、凛としたジャケット写真は盟友のメイプルソープが撮影。当時はロックが急速に商業化し、演奏力ありきで大作主義のプログレやヴィジュアル重視のグラム・ロックなどが隆盛していた。しかし、レニー・ケイらを擁するパティ・スミス・グループを従え(“Break It Up”ではヴァーレインも演奏)、荒削りで生々しく無装飾な、要は〈パンクの雛型〉ともいうべき等身大のサウンドを提示した『Horses』は、既存のロックとは大きく一線を画している作品だった。

 さらに特異なのはパティの歌詞と歌唱である。アルバム冒頭では、自作の詩を交えつつゼムの名曲“Gloria”をカヴァーしているが、〈キリストは誰かの罪のせいで死んだ/でも私の罪じゃない〉という、かなり挑発的な一節で幕を開ける。社会や恋愛といった外向きのテーマではなく、内的な精神の自由をロックに託して歌う女性シンガーというだけでも当時は相当に衝撃的だったに違いない。

 そして、“Birdland”に顕著な歌唱とも朗読ともつかない即興的なヴォーカルが緩急を付けながらバンドを先導していくスタイルは、彼女の真骨頂でありジェンダーを越えた独創性を放つ。ジャニス・ジョプリンやグレース・スリックら先達の女性ロッカーたちはその声によって存在感を示していたが、パティは文学的素養に満ちた言葉を武器にロックの性差を切り崩したといってもいいだろう。

 チャート上では全米47位という微妙な結果に終わったものの、パティの登場は以降のロック・シーンに絶大すぎるほどの影響を与えた。彼女がこじ開けた扉からはラモーンズやテレヴィジョンらNYパンク勢が登場し、その熱気がロンドンへと飛び火してからは世界中にパンクの嵐が吹き荒れることになる。またU2のボノや元REMのマイケル・スタイプは『Horses』をフェイヴァリットに挙げて憚らないし、コートニー・ラヴやPJハーヴェイからロード、ジェイド・バードに至るまで、パティの影響を公言するアーティストはいつの時代も後を絶たない。

 最後にDisc-2のレア音源について。収録されたデモやアウトテイクはすべて75年に録音された貴重な音源ばかりだが、もっとも注目すべきはお蔵入りしていた未発表の2曲だろう。まず“Snowball”は、毅然としたヴォーカルとレニーによるギターの絡みに乾いた緊張感が漂う佳曲で、シングルにしてもおかしくない出来。一方、“The Hunter Gets Captured By The Game”はライヴでは披露されていたマーヴェレッツのカヴァー曲。大衆向けの60sポップスをシンガー・ソングライターという〈個の視点〉から内向的に解釈したようなこの曲のスタンスには、意外にもローラ・ニーロとの近似性を感じる。同時代のNYで活動しながら、かなりタイプの異なる2人が一本の線で繋がったように思える興味深いナンバーだ。

パティ・スミスの作品を一部紹介。
左から、パティ・スミス・グループ名義での76年作『Radio Ethiopia』、78年作『Easter』(共にArista)、サウンドウォーク・コレクティヴとの2020年のコラボ作『Peradam』(Bella Union)

左から、ジョン・ケイルの2024年作『POPtical Illusion』(Domino)、テレヴィジョンの77年作『Marquee Moon』(Elektra)