ミネソタの若者がフォークの隆盛と共に時代のシンボルとなるまでのドキュメント
雑食で幅広い音楽志向を伝える
ボブ・ディランの貴重な未発表録音を蔵出ししてきた〈The Bootleg Series〉は今回で第18巻となる。これで打ち止めとも言われているが、その噂が本当ならば、長いキャリアの最初期である56年から63年までの音源を集め、原点を見つめ直し、ロバート・ジマーマンというミネソタの若者がボブ・ディランというアーティストとなるまでを追いかけた『The Bootleg Series Vol. 18: Through The Open Window, 1956-1963』は締め括りにふさわしい編集盤だろう。

CD 8枚組のデラックス・エディションは139曲を収録。未発表の48曲に加え、超レア音源38曲、詳細なライナーと100点以上の貴重な写真を収めた豪華本が付く。スタンダード版は全42曲入りCD 2枚組のハイライト盤である。どちらも56年、まだ15歳のときに故郷ミネソタ州セントポールの楽器店の小さな録音ブースで高校のバンドと録った最古のディラン音源で幕を開ける。ピアノを弾いて歌うのは、シャーリー&リーの同年のヒット“Let The Good Times Roll”。当時の彼がエルヴィス・プレスリーの登場に興奮し、リトル・リチャードに憧れたロックンロール少年だったとわかる。
そんな少年も59年にミネソタ大学に入学して、ミネアポリスのボヘミアン地区ディンキータウンに足を踏み入れると、全米を席巻していたフォーク・リヴァイヴァルに感化され、アコースティック・ギターに持ち替えて、フォーク歌手の仲間入りをする。以降の数年間にディランは周囲のミュージシャンやビートニクから、音楽に文学、社会問題など、あらゆることを〈スポンジのように〉吸収した。この編集盤には61年1月にNYに移り住む以前のミネソタなどでの希少な録音も多く収録されており、そんな彼の姿が捉えられている。ウィスコンシン州マディソンで録音されたメンフィス・ジャグ・バンド“K.C. Moan”のカヴァーは、後にブルース・プロジェクトを結成するダニー・カルブとの共演。彼も10代だったが、ディランも影響を受けたデイヴ・ヴァン・ロンクに師事し、達者なブルース・ギターを弾いており、とても刺激を受けた出会いだったはずだ。
デラックス版でCD 2枚と半分くらい、スタンダード版ではDisc-1の3分の2くらいに収録されているのは、ディランが自作曲を書きはじめる前のレパートリーである。黒人音楽、白人音楽両方からの伝統歌や、英国やアイルランド由来のバラッド、ブルース、宗教歌など幅広い。それらをディラン流に消化した歌を聴けるのが、この編集盤の大きな魅力だ。
確かに62年のデビュー・アルバム『Bob Dylan』も自作は2曲だけという内容で、ディランのアーティスト形成期のレパートリーを反映したように思えるが、実のところ歌唱やギター演奏こそ最大のアイドル、ウディ・ガスリーのスタイルを用いたが、選曲は黒人のブルース歌手やソングスターの曲がほとんどで、英国系バラッドがまったくなかった。どういったイメージで売り出そうかという本人とレーベルの計算が働いていたように思える。実際のディランの音楽嗜好はもっと雑食的で、音楽性は幅広い。そのことを公開を前提にせずに録音された希少トラックの数々が教えてくれるのだ。