ジャズのオールド・チャプターを開く。

 以前は、名盤の再発売に若干の抵抗があった。しかしポスト・メディア時代の最中、こうした再発売の機会を逸してしまうとかつてのスタンダード・アイテムは、若い音楽ファンの視界からごっそり消えてしまう。だからこのビル・エヴァンス・トリオの黄金期の音質を向上させたボックスセットでの発売は、画期的なトリオの音楽をピッチピチの感性に届ける新たな好機に違いない。

BILL EVANS TRIO 『Haunted Heart: The Legendary Riverside Studio Recordings』 Concord/ユニバーサル(2025)

 ピアニストのフレッド・ハーシュはかつて「今のジャズを学ぶ学生は、キース・ジャレットやパット・メセニーがジャズを作ったと思っている」と愚痴った。学生がどこまでググるのかはわからないけれど、パットはオーネット・コールマンを熱心に聴いていたことを繰り返し口にし、キースはデイヴ・ブルーベックを愛聴し、多くのキース・ファンがその影響を指摘するエヴァンスを聴いたのはその随分後のことだったと語っている。

 先輩の演奏を現場で学ぶというのがジャズだともハーシュは釘を刺していた。そういう意味でもこのエヴァンス・トリオのボックスはスタジオ盤、ライヴ録音が並び、巨匠のジャズを楽しむ打ってつけの構成になっている。僕はスタジオ盤の『Explorations』を何度も聴いた。繊細なエヴァンスの、サティやドビュッシーのサラバンドようなピアノの響きにはフランス風味を感じるが、どこかガーシュウィンを経由したドイツ風味も感じる。だからあのクラウス・オガーマンとうまくいったのだろうか。彼の印象が強すぎて、トリオのアンサブルになかなか耳がいかないかもしれない。ドラムのポール・モチアンは「(ベースの)スコット・ラファロとうまく演奏するのには時間がかかった。当時みんな、彼がギタリストのように演奏するとか言ってたね」「私たちには新しい、とても価値のあることやっていたことの自覚はあったし、三人の演奏ではなくて、ひとつのアンサブルになろうとしていること、ヴァンガードのライヴの後でそこに到達したという自覚があった」とあるインタヴューで振り返る。エヴァンスたちの軌跡が再び巡ってきた。