もし音楽が魔法なのだとしたら、それはきっとインコグニートのような形をしている――来日も間近な英国ジャズ・ファンクの重鎮が実に20作目のニュー・アルバムを完成!
新年1月に来日ツアー〈INCOGNITO JAPAN TOUR 2026〉を控えているインコグニートが、2年ぶりの新作『Music. Magic. Ironic.』をリリースした。2024年には結成45周年記念ツアーも含めて2度の来日を行い、2025年も〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉出演やブルーノート東京での単独公演を開催、その間にはシトラス・サンでの来日公演も挿んでいるから、親日家として知られるリーダーのブルーイと日本のオーディエンスとの相思相愛ぶりもさらに深まっているといったところだ。作品リリースももちろんコンスタントに続いており、前作『Into You』(2023年)の発表後はシトラス・サンで『Anaconga』(2024年)を届けたほか、インコグニートとしてはトルステン・グッズやディプロマッツ・オブ・ソウルらとコラボし、ブルーイはアジムスの『Marca Passo』(制作は愛息ダニエル・モーニック)に客演もしていた。
実に20枚目のオリジナル・アルバムとしてこのたび届いた『Music. Magic. Ironic.』もまたそうした流れから大きく外れるものではなく、伝統と信用の積み重ねから生まれた安定のクオリティと多彩な歌唱/演奏陣のパフォーマンスによって今回も充実した内容に仕上がっている。ガリアーノを再始動したスキー・オークンフルの関与は少ないものの、90年代からの片腕リチャード・ブル、近作に欠かせないエンジニアのモー・ハウスラーらがブルーイと共同プロデュースを担当。ミュージカル・ディレクターも務めるフランシス・ヒルトン(ベース)とフランチェスコ・メンドリア(ドラムス)というリズム隊、2010年代以降に加わったジョアン・カエターノ(パーカッション)、アンディ・ロス(サックス/フルート)やトレヴァー・マイアズ(トロンボーン)ら管楽器隊、さらにストラータで見い出された若手のチャーリー・アレン(ギター)、前作『Into You』から初参加のキッコ・アロッタ(キーボード/ヴォーカル)に至るまで、近年のブルーイ軍団におけるレギュラーな顔ぶれがバックを固めている。ポイントはいつも通り新旧さまざまな演奏メンバーが入り交じっていることで、旧知のグレアム・ハーヴェイやリチャード・スペイヴン、サイモン・グレイといった縁のある面々も要所で顔を出してくる。
そして他プロジェクトとは異なるインコグニートとしての持ち味を構成するのが曲ごとに参加した華やかなヴォーカリストの陣容である。先行シングル“It’s About Time”でリード歌唱を担当したジョイ・ローズ(元モッカソウル/パーセプション)は2002年から断続的に参加してきた女性シンガーで、今回のアルバムではロイ・エアーズのカヴァー“Running Away”などいつも以上に多くの楽曲でメインを担当。他にも女性ヴォーカリストとしては、初登場の前作で大活躍したナタリー・ダンカン、さらにストラータでの起用を経て今作で初参加のクレオ・レイン・スチュワートとミーガン・カーンといったフレッシュな顔ぶれがアルバムを洒脱かつソウルフルに盛り上げる。そんななか、90年代インコグニートの看板シンガーであるメイザ・リークが数作ぶりに“Lost Until I Want To Be Found”に駆けつけ、これまた90年代から不定期に関わってきたイマーニが“Can’t Give Up On This Feeling”でリード歌唱を担うなど、こちらも新旧の顔ぶれが揃っているわけだ。
一方の男性シンガーでは、お馴染みのトニー・モムレルがスパッツのカヴァー“(Your Lovin’ Is) Everywhere”などでワンダーな見せ場を作っているほか、近年の来日公演にも参加していたゴスペル畑のゼビュロン・エリスにも注目したい。カーク・フランクリンらと活動してソロ作も発表している彼は、グレアム・ハーヴェイが共同制作した“Changes In Me”と“Strangers Become Friends”のコライトと力強いリード歌唱を担当している。演奏陣のジャム主体で作られたと思しき“Like Fire In The Rain”などグルーヴィーなインスト曲の充実も彼らならでは。さらに、アルバムの最後に置かれた表題曲“Music. Magic. Ironic.”は、前作での“1993”に続いてキッコ・アロッタがヴォーカルと演奏を先導したもの。多くの後進たちを登用して活躍の場を与えてきたブルーイの姿勢はそんなところにも表れている。
なお、今回のアルバム名に冠された『Music. Magic. Ironic.』とは、ブルーイが幼少期を過ごしたモーリシャスで、地元の大人たちが労働の終わりに身の回りにあるものを楽器として演奏し、その場にいる人々が歓喜しながら踊る様子の記憶からインスピレーションを得たものだという。その光景から少年時代の彼は〈Music〉と〈Magic〉を混同して覚えていたということだが、やがてその間違いが決して間違いではなかったということに気付いた彼は、それ以来のキャリアを〈魔法〉の創造に捧げてきたというわけだ。本作に寄せられた〈音楽という魔法が、困難な時を乗り越え、あなたの心を高揚させ、魂を育み、日々の生活に調和をもたらしたいと願っています〉というメッセージが、まさにこのアルバムに用意された極上のグルーヴとサウンドそのものの効能を見事に提示している。
左から、インコグニートの2023年作『Into You』(Splash Blue/SPACE SHOWER)、シトラス・サンの2024年作『Anaconga』(Dome)、ストラータの2022年作『Str4tasfear』、ガリアーノの2024年作『Halfway Somewhere』(共にBrownswood)、ディプロマッツ・オブ・ソウル“I Love You”を収めたコンピ『Luxury Soul 2025』(Expansion)、アジムスの2025年作『Marca Passo』(Far Out)、トルステン・グッズの2025年作『Soul Deep』(Erminal T)、ロイ・エアーズ・ユビキティの77年作『Lifeline』(Polydor)、スパッツの78年作『Spats』(Good Sounds/Solid)
