ブルーノ・マーズがニューアルバム『The Romantic』を2026年2月27日(金)にリリースする。ここでは新作の発表を目前に控えたブルーノ・マーズの軌跡を、シルク・ソニックを含む全4枚のアルバムレビューで振り返る。自らのルーツ、音楽史における伝統とトレンドを独自にブレンドした名盤たちを、この機会にプレイバックしよう。 *Mikiki編集部


 

『Doo-Wops & Hooligans』
by 蒼井聡児

BRUNO MARS 『Doo-Wops & Hooligans』 Atlantic(2010)

今、振り返るとブルーノ・マーズがデビューした2010年頃は、ロッキズムの時代からポップティミズムへの移行期だったと言える。ハワイ出身でプエルトリコ、フィリピン、スペインなどの混血である彼はある種、規定されたジャンルを持たなかった。

しかしエルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、R&Bやロック、ファンクなど、あらゆる音楽を混交的に持ったことが結果的に大きな武器に繋がる。多文化的であるということは、同時に誰でも参加できるということである。

『Doo-Wops & Hooligans』はそんな彼のレシピ集だろう。冒頭の“Grenade”はマイケル風のポップソウル。ピアノリフとブレイクビーツが主体の“Just The Way You Are”は、ストレートなバラッド。レトロなファンクロック“Runaway Baby”はリトル・リチャードやジェームス・ブラウンを合体させたような仕上がりで、このテイストが後の“Uptown Funk”や“APT.”にも繋がる予感を思わせる。

この広範に及ぶ楽曲を用意し、全世界で大ヒットを飛ばせたのはソングライティングの巧みさとあらゆるボーカリゼーションを可能にする彼の実力に他ならない。

しかし、皮肉だったのは本作リリース時に、批評が二分したことだ。否定的な意見の代表例は、要するに〈ノーコンセプトのポップソング集に意味はあるか?〉という問いであった。結果的にこれ以降、彼はアルバムごとにテーマを持ち込むことによってこの課題をクリアする。2010年代はジャンルが解けた時代だった。その起点を、ブルーノ・マーズは先取りしていた。つまり、この作品が後のサブスクリプション時代を予見していたのだ。

 

『Unorthodox Jukebox』
by つやちゃん

BRUNO MARS 『Unorthodox Jukebox』 Atlantic(2012)

『Unorthodox Jukebox』は、ブルーノ・マーズが単に〈良い曲を書く青年〉から〈ポップミュージックを設計するスター〉へと踏み出した、決定的な一歩だ。まだシンガーソングライター的でオーガニックな手触りの強かった前作『Doo-Wops & Hooligans』を経て、本作ではグルーヴと音像の設計が明らかに次の段階へと突入する。ベースは大胆に前面へせり出し、リズムは腰を揺らさずにはいられない肉体的なうねりを獲得。素朴なロマンティストは、プレイボーイ的キャラクターを自覚的に演出するショーマンへと変貌したのだ。

ザ・ポリスを想起させるニューウェーブの再解釈“Locked Out Of Heaven”、プリンス系80sファンクを現代化した“Treasure”など、どの曲も強烈なフックを備え、ジャンルを横断しながら最終的にはポップへと収斂させてしまう編集力を示している。しかし当時の筆者は、その凄みを十分に受け取れていなかった。レトロ志向やソウル回帰はすでにアデルや、本作にも参加したマーク・ロンソンが推し進めていた潮流の只中にあり、このアルバムもそういった延長線上のヒット作、とどこか冷静に整理してしまっていたからだ。同じような人は、多いのではないだろうか。

だがその後の80s/90sリバイバルの定着、ディスコやファンク、ニュージャックスウィングの再燃、シティポップの世界的拡散、Y2K回帰、そしてTikTokによる断片的ヒット文化を経たいま聴くと、印象は劇的に変わる。本作はリバイバル前夜に、すでにその波を完成形として提示していたように思う。フロア志向でグルーヴ重視のリズム設計は、AI的に生成された無数の音があふれる現在において、むしろ生身の温度と汗を伴って響く。2012年とは、まだデュア・リパ『Future Nostalgia』のような新しくて古いディスコポップが生まれる前の時代である。そう考えると、このアルバムは単なる成功作ではなく、時代をほんの少し追い越してしまった、あまりにも早すぎた傑作として感じられる。