©Neil Krug

テクノロジーの進歩で視野が狭められ、情報過多に囲い込まれて気が散る時代――さらに洗練された美しい音で帰ってきたサンダーキャットは何を歌いかける?

気が散ること

 10代からベーシストとして偉業を成し遂げてきたサンダーキャット。自身のアルバムを初めて出したのが2011年で、以来、ブレインフィーダーとの関係やその主宰者で親友のフライング・ロータスとの蜜月は続行中だ。もちろん音楽に打ち込む姿勢も変わらない。そうしたなかでもソロ・アーティストとしてのキャリアを大きく前進させたのが、2017年の3作目『Drunk』だろう。ケンドリック・ラマーとのコラボのほか、ケニー・ロギンスやマイケル・マクドナルドとの共演でヨット・ロック的な文脈でも評価された同作では、6弦ベースを弾くプレイヤーとしての矜持を保ちつつ、滑らかなハイトーンの美声で歌うシンガーとしての評価も確立。以降は最前線のアーティストたちとのフィールドを跨いだ共演が以前にも増して活発になり、2020年作『It Is What It Is』でも複数のゲストとのコラボが話題になった。シルク・ソニックのアルバムにブーツィー・コリンズと客演したのも語り草だ。

THUNDERCAT 『Distracted』 Brainfeeder(2026)

 その後もゴリラズから昨年のレミ・ウルフとの共演までコラボは続いていたが、今回5枚目のフル・アルバムとなる『Distracted』を発表するまでには6年ものブランクが空いた。本人によれば前作の後にいくつかの感情的な出来事があり、自分自身と向き合う時間が必要だったという。とはいえ、新作にはテーム・インパラとのトリッピーなヨット・ロックとでも言うべき2023年のシングル“No More Lies”を収録しており、その時点でアルバムに向けて制作を始めていたのだろう。

 酒をやめて菜食メインの食生活にするなど生活習慣も改めたそうで、そのせいか風貌もどこか精悍に。そんな彼が新作『Distracted』でテーマにしたのは、表題で謳うように〈気が散ること〉。具体的には、情報過多の時代、同時にあらゆることが起きて物事がはっきりと見えなくなる状態。テクノロジーが進歩したことで却って視野が狭まり、すれ違いが起きること。そのテーマに近い曲として、リル・ヨッティを招いた先行シングル“I Did This To Myself”がある。滑らかな運指でベースがグルーヴするこれは、女性の気を引こうとするもSNSを更新するのに忙しい派手好きな彼女に軽くあしらわれ、でも、これも自分の行動が原因なのだとやるせない気分になる歌だ。ただ、こうした感情を抱くことはマイナスではなく、その結果、集中できたり、癒しにもなると彼は言う。思えば『Drunk』や『It Is What It Is』もネガティヴと思えるテーマを掲げながら音楽で癒しに導くような作品だった。

 複数のゲストを迎え、ジャズやヒップホップのマナーでヨット・ロックを捉え直してキャッチーに展開したような新作の作風も『Drunk』以降の感覚が強い。とはいえ、フライング・ロータスと組みつつも、メイン・プロデューサーにグレッグ・カースティンを迎えて制作環境を変えたのは新たな未来へと向かう意気込みを感じさせる。アデル“Hello”などを手掛けたことで知られるポップス界の名匠との親密な共同作業によって、音楽的な自由度はさらにアップした印象だ。グレッグとは、年齢こそ違うが、LAで似た環境で音楽をやり、共通の友人がいることから意気投合。ゲストも含めて、「俺はただ友達と一緒に仕事をする機会を楽しんでいるだけ」とサンダーキャットは話す。

 

それでも進み続ける

 そんな〈友達〉のひとりが、2018年に急逝したマック・ミラーだ。生前の彼と頻繁にコラボしていたサンダーキャットは、昨年リリースされたマックの蔵出しアルバム『Balloonerism』の収録曲でも演奏や制作に関わっていた。今回グレッグのプロデュースで『Distracted』に収録した“She Knows Too Much”も同じ頃のセッションで生まれた曲なのではないかと想像する。ぶっきらぼうな表情で躍動するリズムにマックの声を乗せて進んでいくミディアム・アップだ。

 前述した以外のゲスト客演曲では、エイサップ・ロッキーを迎えたトランシーでスケールの大きい“Funny Friends”、チャンネル・トレスがクールでくぐもった声を乗せたヒップ・ハウス的な“This Thing We Call Love”、水のSEを効果的に用いてウィローと声を重ね合わせた“ThunderWave”もあり、アルバムを多面的なものにしている。また、演奏やソングライティングでも気鋭の若手ミュージシャンをフックアップ。冒頭の“Candlelight”ではすでに共演しているドミ & JDベックとふたたび顔を合わせ、ドミの鍵盤やJDのドラムとの丁々発止のプレイで近未来形のフュージョンを叩き出す。フェンダー・ローズの揺らめきとともに浮遊するファルセットが美しいスティーリー・ダン風の“What Is Left To Say”では、ギースの昨年作における仕事も記憶に新しいケネス・ブルーム(ケニー・ビーツ)によるプロデュースのもと、レモン・ツイッグスのダダリオ兄弟がソングライティングと演奏に参加。同じくダダリオ兄弟が関与した“Pozole”も何層にも重なるハーモニーが美しいバラードで、レモン・ツイッグスが得意とするノスタルジックなメロディーが陶酔感を誘う。

 ハイトーン〜ファルセットの美声は過去2作以上に全編で光る。2025年にシングル・リリースしていた“I Wish I Didn’t Waste Your Time”や“A.D.D. Through The Roof”といった比較的ストレートなAOR〜R&Bバラード、まさに月面を遊泳するような“Walking On The Moon”など、良い意味でベーシストとしてのサンダーキャットを忘れそうになる瞬間も少なくない。彼らしいSF趣味も随所に反映され、ユニークなコード進行で運命に翻弄される様を表現したような“Anakin Learns His Fate”でも裏声を交えて表情豊かに歌う。「苦しみは形を変えながら続くものだってことを知ってほしい。それでも楽しんで笑って前に進み続けるんだ」とは本作を作り終えた本人の弁。サンダーキャットの曲には不条理を音として表現したようなおもしろさがあり、自身の単独制作によるクロージング・ナンバー“You Left Without Saying Goodbye”も諦観の表情を浮かべながら美しい余韻を残して終わる。

 「自由に創作しようとしているだけで、俺はただ音の世界でどんな可能性が起こり得るのか、そういうことを考えるのが好きだ」とも彼は話す。今回の新作も、音楽以外の何かを読み取ろうとするより、シンプルにその音世界に身を任せたい。 *林 剛

『Distracted』参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、フライング・ロータスのニューEP『Big Mama』(Warp)、テーム・インパラの2025年作『Deadbeat』(Columbia)、レモン・ツイッグスの2024年作『A Dream Is All We Know』(Captured Tracks)

『Distracted』参加アーティストの関連作を紹介。
左から、ジェラルド・アルブライトのニューEP『Hot Chocolate』(A-Train)、ジェイムズ・ブレイク&リル・ヨッティの2024年作『Bad Cameo』(Quality Control/Motown)、ベックの2019年作『Hyperspace』(Capitol)、ウィローの2024年作『empathogen』(Three Six Zero)

 

サンダーキャットのディスコグラフィーと最近のワークスあれこれ!

THUNDERCAT 『The Golden Age Of Apocalypse』 Brainfeeder(2011)

大半をフライング・ロータスが共同制作した初のアルバム。ブランドン・コールマンやオースティン・ペラルタら仲間たちの援護も受け、サー・ラーの延長線上にある作風でコズミックなメロウ・グルーヴを織り上げたLA産のフュージョン作品だ。ジョージ・デュークのカヴァーも収録。

 

THUNDERCAT 『Apocalypse』 Brainfeeder(2013)

引き続きフライローと共同制作した2作目。モノ/ポリーも共作したキャッチーなディスコ・ファンク“Oh Sheit It’s X”などでは前作のスキャット主体の歌唱から一歩進んだヴォーカル表現への意識も垣間見せる。坂本龍一“地中海のテーマ”をネタ使いした終曲にも注目だ。

 

THUNDERCAT 『Drunk』 Brainfeeder/BEAT(2017)

ジャケのキャッチーさも相まって支持層を一気に拡大した3作目。比重を置いた薄口な歌唱をAOR〜ヨット・ロックに接続してマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスを迎える一方、ケンドリック・ラマーやファレルも要所に配した力作。日本のゲーム音楽の引用も耳に残る。

 

THUNDERCAT 『It Is What It Is』 Brainfeeder/BEAT(2020)

親友マック・ミラーの死に象徴される喪失感を投影した4作目。濃密なフュージョン感への揺り戻しを見せる一面もありつつ、スティーヴ・アーリントンやスティーヴ・レイシーらとの“Black Qualls”がハイライト。グラミーで〈最優秀プログレッシヴR&Bアルバム〉部門を受賞した。

 

 もともと兄のロナルド・ブルーナーJrや従兄弟のテラス・マーティン、幼少期から知り合いのカマシ・ワシントンといった仲間との繋がりを軸に、盟友フライング・ロータス率いるブレインフィーダー周辺から演奏活動を始めていったサンダーキャット。ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』に参加した2015年頃から人脈はどんどん広がりはじめ、アンダーソン・パークやジャネル・モネイ、カリ・ウチス、ダニー・ブラウン、モーゼス・サムニー、トラヴィス・スコット……とメインストリームまで越境して彼のベース演奏(と歌声)はさまざまなアーティストから引っ張りだこになっていった。

 2020年の4作目『It Is What It Is』をリリースしてから新作『Distracted』に至るまでの期間も外部での演奏や客演仕事は絶好調で、ジャケを並べた以外にもペドロ・マルチンスやJID、メトロ・ブーミン、ケラーニ、ビッグ・ショーンらの作品で雷猫の名前は見つけることができる。また、コラボを経験したケネス・ブルームやドミ & JDベック、チャンネル・トレス、エイサップ・ロッキーは『Distracted』に駆けつけるなど、人脈の広がりが自作に還元されているのもポイント。なお、たびたび共演した親友マック・ミラーの最新作『Balloonerism』は2014年頃に録音が進められていたもので、雷猫の関与も多大な注目作だ。 *轟ひろみ

サンダーキャットが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、フライング・ロータスの2021年作『Yasuke』(Warp)、シルク・ソニックの2021年作『An Evening With Silk Sonic』(Atlantic)、ケンドリック・ラマーの2022年作『Mr. Morale & The Big Steppers』(Top Dawg/Interscope)、ケニー・ビーツの2022年作『LOUIE』(XL)、ドミ & JDベックの2022年作『NOT TiGHT』(Blue Note)、ゴリラズの2023年作『Cracker Island』(Parlophone)、ヴィクトリア・モネイの2023年の豪華盤『JAGUAR II : Deluxe』(Lovett/RCA)、チャンネル・トレスの2024年作『Head Rush』(Ministry Of Sound)、ノーウォーリーズの2024年作『Why Lawd?』(Stones Throw)、ケイトラナダの2024年作『TIMELESS』(RCA)、カマシ・ワシントンの2024年作『Fearless Movement』(Young)、ジャスティスの2024年作『Hyperdrama』(Ed Banger)、タイラー・ザ・クリエイターの2024年作『CHROMAKOPIA』(Columbia)、マック・ミラーの2025年作『Balloonerism』(Warner)、エイサップ・ロッキーの2026年作『Don’t Be A Dumb』(RCA)