50年前に見たニュージャージーの風景――若者たちが希望と夢を語り合う海岸の美しさはいまも変わらない。故郷での凱旋公演を収録したライヴ盤が登場! 特別な選曲で繰り広げられたステージはどんな旅路を辿る?
故郷だからこその眩い選曲
ロックの歴史において〈超〉がつくレジェンドでありながら、50年以上のキャリアを経たいまも現役のミュージシャンであり続けているブルース・スプリングスティーン。単純に新作を出しているだけでなく、たとえば今年に入ってからも、ミネソタ州で移民・関税執行局(ICE)の職員が取り締まり中に市民2人を射殺した事件を受け、すぐさまプロテスト・ソング“Streets Of Minneapolis”を発表したことが話題になった。被害者に哀悼を捧げ、ICEの横暴に民衆の1人として抗議の声を上げる歌だ。その後スプリングスティーンは事件現場となったミネアポリスで行われたチャリティ・コンサートで同曲を初披露すると、トランプ政権の施策を非難し、移民コミュニティとの連帯を強く訴えた。彼はいまも同時代を生きるリスナーに向けてメッセージを込めて音楽を作り、それをライヴという現場で演奏し続けているのだ。
そんなスプリングスティーンによるライヴの模様は〈Bruce Springsteen Archives〉と題したシリーズとして、過去の音源も含めて2014年からデジタルなどで継続的に発表されてきたが、今回CD/LPでリリースされる『Live From Asbury Park 2024』は、Eストリート・バンドと2023〜2025年に回ったツアーから収録したもの。しかも、録音されたのは2024年9月15日にほかならぬスプリングスティーンの故郷、ニュージャージー州アズベリー・パークで開催された公演だ。ごく最近のライヴが聴けるだけでなく、本人が「これまでやってきたなかでもTOP 3に入る」と語った決定打である。
ニュージャージーの海岸地帯に位置するアズベリー・パークはスプリングスティーンにとって原点といえる町だ。そのクラブ・シーンから頭角を現した若き日の彼は、73年にファースト・アルバム『Greetings From Asbury Park, N.J.』をリリースしている。フォーク・ロックをベースとした同作はボブ・ディランと比較されつつ批評家から高い評価を受け、制作のために結成されたバンドはのちにEストリート・バンドとして知られるようになる。その11か月後にはリズム&ブルース色を強めた『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』(73年)を発表し、こちらも批評家からは高い評価を受けることになるが商業的にはあまり奮わず、チャートでのヒットは初期の代表作となる3作目『Born To Run』(75年)まで待つことになる。ただ、最初の2枚において重要なのは、海辺の街を舞台に、若者たちの青春がロマンティックかつビターに語られていたことだ。アズベリー・パークはこの時期から失業率の増加や暴動などもあって経済的に衰退していくことになるが、スプリングスティーンは失われゆく街の輝きを自身の音楽に封じ込めたのだ。
だからこそ、35,000人以上が会場のビーチに集まったこの日のライヴはスプリングスティーン本人にも地元の人々にも特別なものとなった。ツアーのなかでも、他の公演とは異なるニュージャージーとの繋がりを強調したセットリストが用意されたのである。具体的には、前述の3枚に加えて4作目『Darkness On The Edge Of Town』(78年)までの70年代のアルバム収録曲がセットの過半数を占め、さらにはこのツアーではセットに入っていなかったナンバーも多く演奏された。オープニングこそ21世紀の初頭にリリースされた名盤『The Rising』(2002年)収録の“Lonesome Day”で幕を開けるが、〈今夜は長らくプレイしていない曲をたくさん用意してるぞ!〉とスプリングスティーンが叫べば、そのまま“Blinded By The Light”“Does This Bus Stop At 82nd Street?”“Growin’ Up”とファースト・アルバムの楽曲が立て続けに演奏される。Eストリート・バンドの初期からのメンバーで2011年に他界したクラレンス・クレモンズ譲りのサックスを、甥のジェイク・クレモンズが威勢よく鳴らすとき、70年代当時の若々しい勢いがありありと蘇るようだ。そして人気曲“The Promised Land”になだれこむと、観衆の大合唱が巻き起こる。
美しい情景を共有する喜び
ただし、この日のライヴがただノスタルジーを刺激するだけのものになっていないことは強調しておきたい。2024年のスプリングスティーンだからこそ出せる音として、過去の楽曲が演奏されているのである。まず圧倒されるのは、Eストリート・バンドによるエネルギー溢れるアンサンブルだ。とりわけブラスのリフは高揚感に満ちており、祝祭感を強調する。そして何より、スプリングスティーンその人の歌。瑞々しさではなく迫力と渋味を備えたいまの声で、ソウルフルなメロディーを高らかに響かせる。枯れるどころではない。大会場にいる観客ひとりひとりの身体が芯から震えるような力強さが最初から最後まで続くのである。
全30曲の中にはハイライトが山ほどある。『The River』(80年)からの人気曲“Hungry Heart”、『Nebraska』(82年)からの“Atlantic City”、『Born In The U.S.A.』(84年)からの“Dancing In The Dark”といったキャリアを通じての代表曲の盛り上がりはやはり凄まじいものがある。ただ、感情的なクライマックスはアズベリー・パークならではの選曲にあるだろう。レアなナンバーとしてセカンド・アルバム収録の“4th Of July, Asbury Park (Sandy)”がピックアップされており、スプリングスティーンはこの曲をEストリート・バンドの創設メンバーの一人であり、2008年に亡くなったダニー・フェデリチに捧げている。青春の日々への別れを告げるバラードを、スプリングスティーンは慈しむようにゆったりと歌いあげる。そこでは悲しみだけでなく、歩んできた道に対する誇りも滲んでいるだろう。
2時間半近いセットのなかで、スプリングスティーンは現在のアズベリー・パークの活況に言及している。LGBTQコミュニティーの貢献もあって、寂れていた街が元気を取り戻したのだと。そのことを観客と共に祝福するように、アンコールでも次々にキラー・チューンを投下していく……“Jungleland”“Born To Run”、そしてライヴで定番の初期ナンバー“Rosalita (Come Out Tonight)”。スプリングスティーンはここで、あらゆる過去と現在を等しく讃えてみせるのだ。
トップ・ノーツやビートルズで知られる“Twist And Shout”のカヴァーで思いきり弾けたあと、この日最後に演奏されたのはトム・ウェイツの“Jersey Girl”だった。打って変わって穏やかな声で、スプリングスティーンはニュージャージーを舞台にしたラヴソングを歌う。スプリングスティーンの音楽の美しさは常に情景を鮮やかに浮かび上がらせるところにあり、そして本作には、それを共有することの喜びが刻まれている。
2026年も全米を回る新たなツアーを行っているスプリングスティーン。ライヴについて「毎回燃え尽きるまでやりたい」と語っている彼が止まることはまだまだないだろう。だからこそ、いまのスプリングスティーンが日本でも観られれば……と願わずにはいられないが、本作を聴いている間は、その瞬間に没入することができる。ここにはスプリングスティーンと観客とで繰り広げられる活気に満ちたコール&レスポンス、Eストリート・バンドの熱を帯びたアンサンブル、そしてその夜のアズベリー・パークの少しばかり感傷的な空気までが収められていて、そのすべてが眩く輝いている。 *木津 毅
『Live From Asbury Park 2024』で演奏されている楽曲を収録した作品。
左から、73年作『Greetings From Asbury Park, N.J.』『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』、75年作『Born To Run』、78年作『Darkness On The Edge Of Town』、80年作『The River』、92年作『Lucky Town』、2002年作『The Rising』、2007年作『Magic』、2012年作『Wrecking Ball』(すべてColumbia)、パティ・スミス・グループの78年作『Easter』(Arista)、ビートルズの63年作『Please Please Me』(Parlophone)、トム・ウェイツの80年作『Heartattack And Vine』(Asylum)
ボスのライヴ盤で追いかける、特別な瞬間を共有してきた50年のヒストリー
初の海外ライヴだった75年のロンドン公演を収録。『Born To Run』発表直後のパフォーマンスで、もともと同作の30周年記念盤に映像作品として封入された。初期3作を混ぜたセットリストで、Eストリート・バンドの飛び跳ねるような演奏が痛快!
79年にNYで開催された反原発を訴えるコンサートでのライヴを収めた2枚組。人気曲を中心にしつつ制作中の『The River』からも2曲を演奏している。さらに主催のジャクソン・ブラウンによるレパートリー“Stay”を当人らとジョイフルに披露!
84年作の40周年記念盤は日本独自企画のこちらを見逃せない。85年にニュージャージーで行ったライヴ29曲を完全収録。ニルス・ロフグレンとパティ・スキャルファを新メンバーに加え、Eストリート・バンドの音はさらにスケール感を増している。
キャリア初のライヴ盤として話題を集めたCD 3枚組。スティーヴン・ヴァン・ザントが加わった75年からの演奏を40曲収録しており、Eストリート・バンドの約10年を追走できる。音源化されていない人気曲“Seeds”が入っている点でも重要。
92年9月、〈MTV Unplugged〉に出演。89年に解散したEストリート・バンドとは異なる新編成でエレクトリック(!)での演奏に挑んだ。同年に同時発表した『Human Touch』『Lucky Town』の楽曲中心の演奏が、聴き手に優しく寄り添う。
99年に再結成したEストリート・バンドとのツアー最終公演。復帰したヴァン・ザントと歌う“Two Hearts”など胸熱な瞬間ばかり。ギニア人移民の射殺事件から生まれた新曲“American Skin (41 Shots)”での祈りに似た空気に背筋が伸びる。
ピート・シーガーを扱ったアルバム〈The Seeger Sessions〉の制作メンバーとのダブリン公演を収録。演奏はブルーグラスやケイジャンの要素が色濃い。アコーディオン奏者のチャールズ・ジョルダーノはこのあとEストリート・バンドに加入した。
同年に発表された『Western Stars』ではツアーを行わず、同名のコンサート映画を制作。こちらはそのサントラ盤だ。ニュージャージーの自宅農場へと20人のオーケストラ隊を含む30人以上の演奏家を招き、シネマティックで壮麗な音を奏でている。
宅録音源をアルバムにした82年作の、バンドとスタジオで制作していた未発表ヴァージョンなども蔵出しした5枚組。この拡張版のために行われた、スプリングスティーンが初めて同作の全曲を弾き語った無観客での再現ライヴも収録されている。 *田中亮太









