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©Yukitaka Amemiya

形式を引用する行為

 そうした背景を踏まえずとも、今回の『素直な気持ちアルバム』で長谷川白紙がまた新たな領域に足を踏み入れたことは、作品を聴けば明らかだ。例えばホーン・セクションを迎えたオープニングの“荊姫”。ポリリズミカルなファンク~アフロビートの語法を引用した反復のグルーヴにJBばりの掛け声も飛び出す、意外にして他にない一曲となっている(ミックスはダディ・ケヴが担当!)。

 「“荊姫”は、まずグリム童話の『いばら姫』をモチーフに、物語と関係ない魔女が登場して姫を誘拐してしまう、というストーリーラインが自分の中にあって。要は〈王子様のキスで目覚める〉という都合の良い古典の物語に介入したいというか、急に出てきてキスするだけのあいつを物語から排除したくて(笑)。その物語を和声的なものに落とし込むにあたって、複数の調が混在している状況、ポリトーナル(多調)が最適だと思った時に、シンプルなリズムじゃないと構造的にわかりづらくなるのが、ファンクっぽくなった理由かなと。それと私にとってファンクは〈物語の音楽〉で、このアルバムを戯画化して始めたかったんですよね」。

 かと思えば、2曲目“きたれりルート”ではラッパーのvalkneeが作詞で参加し、「ここでアルバムがいったん終わる構造にしたかったので、私以外の強烈な声を持った人に歌って欲しかった」とのことでVTuberの月ノ美兎が歌唱を担当。萌えと毒を秘めたメルヘンチックな美声が前奏曲として機能すると、以降も長谷川の偏執的な編集によって伸び縮みしたバンドのアンサンブルが耽美な存在の揺らぎをもたらす先述の“嘔吐”(もちろんサルトルの同名小説からの引用だ)、ブレイクコア化していくトラック上で荒ぶる松丸契のサックス・ソロをtofubeatsがメタ実況(?)していく“ボス・モワレ・FS”など、思考と奇想が相乱れた知的で本能的な音楽が次々と奔流のように雪崩れ込んでくる。

©Yukitaka Amemiya

 ドルフィン・ハイパースペース周辺とも共振しそうな“我々不吉戦士”や、おとぼけビ~バ~のあっこりんりん&よよよしえが歌唱と作詞で参加した“なんでなんでもかんでも一から十までいちいちいちいちいちいちいちいち言わなあかんねん”などジャズを素地に持った演奏陣の技巧と前衛が光る楽曲もありつつ、先行曲“蜜の主”ではあえて8ビートのシンプルなリズム・パターンを採用。長谷川本人による渾身の〈Hit Me!〉というシャウトを含め、いままででもっともロックな、あるいは〈ロック〉を戯画化したような曲になっている。

 「秋元修はポリリズムとゴーストノートに人生を捧げてきたドラマーなので、8ビートでスネアを愚直に叩き続けろなんて拷問に近いんですよ(笑)。でも、8ビートを得意な方がドラムを叩いていたら、ただマナーに則るだけで、ここまでおもしろい曲にはなっていなかったと思います。今回のアルバム自体、何かの形式をそのまま引用する行為と相性が良いことに気付いたんですよね。だから“蜜の主”は8ビートのロックを引用しました」。