世界デビュー作『魔法学校』から約2年、卓越したバンドのアンサンブルで届ける〈素直な気持ち〉とは――いま、長谷川白紙は何を考えているか?
興味は音そのものへ
フライング・ロータスが主宰するブレインフィーダーからの世界デビュー作となった前作『魔法学校』から約2年、長谷川白紙のニュー・アルバム『素直な気持ちアルバム』が、ふたたび同レーベルから届けられた。その2年の間にもnoir kei ninomiyaのショー音楽を継続的に担当するほか、ゲーム「学園アイドルマスター」への楽曲提供やパソコン音楽クラブらとのコラボなど幅広く活動していた長谷川だが、自身の〈身体性〉を主題にした前作での手応えを受け、みずからの関心は次のタームに移行したという。
「『魔法学校』は自分の中での言語的な目標を高水準で達成できた一方で、裏を返すとそれだけに拘泥してしまったというか、音響的な興味が少し置き去りにされている感覚があった。なので、言語的な面から離れて何かやってみたい、というのは『魔法学校』の直後から思っていて。それが今回のアルバムの制作に繋がっていると思います。一時期、デモの量がすごく増えて、2日に1曲とか作っていたんですよ。もう、〈やったれー!〉みたいな感じで(笑)」。
『魔法学校』を経て長谷川が新たに目を向けた興味のなかで、音響面においてドラスティックな変化をもたらしたのが〈バンドのアンサンブル〉だ。YouTubeチャンネル〈THE FIRST TAKE〉出演時の演奏メンバーだった秋元修(ドラムス)、宮地遼(ベース)、相川瞳(パーカッション)、松丸契(サックス)に、細井徳太郎(ギター)と石川広行(トランペット)を加えて結成された新バンド〈ハハとヘアピンズ〉の演奏が、今回のアルバムでは全15曲のうち11曲に素材としてさまざまな形で活用されている。
「“嘔吐”という楽曲のデモが出来た時に、これはバンドで演奏しないといけない曲だなと思ったんですよ。そこから脳にスイッチが入って、バンド向けの曲ばかり出来上がるようになってしまって。『THE FIRST TAKE』の時は別段バンドをやりたいとは意識していなかったのですが、あの素晴らしいアンサンブルの人たちとなら良い形になるだろうと思いました。ソロ以外はすべて私が譜面を書いて演奏してもらっているのですが、メンバーのほとんどがジャズ畑出身だからなのか〈こんなに楽譜を書いてくる人は初めて〉と言われました。ただ、全員がプロの現場叩き上げの人たちで、固有のやり方や語法を持っている人たちだからこそ、そこに私の要求が衝突することによって〈戸惑い〉が生まれる。それこそが私の目的だったんですよね」。
それに加えて、新しい〈シンセサイザー〉の導入も音響面において大きな刺激になったという。
「いままでずっとサンプルベースで制作をしていたので、創作でシンセサイザーを使うことはあまりなかったんですけど、ソフトウェア・シンセサイザーの〈Serum 2〉が2025年に出まして、それに自分の求めていたいろんな機能が入っていたんですよ。それを使って手当たり次第に音を作ったらどうなるか、という考えはありました」。
形式を引用する行為
そうした背景を踏まえずとも、今回の『素直な気持ちアルバム』で長谷川白紙がまた新たな領域に足を踏み入れたことは、作品を聴けば明らかだ。例えばホーン・セクションを迎えたオープニングの“荊姫”。ポリリズミカルなファンク~アフロビートの語法を引用した反復のグルーヴにJBばりの掛け声も飛び出す、意外にして他にない一曲となっている(ミックスはダディ・ケヴが担当!)。
「“荊姫”は、まずグリム童話の『いばら姫』をモチーフに、物語と関係ない魔女が登場して姫を誘拐してしまう、というストーリーラインが自分の中にあって。要は〈王子様のキスで目覚める〉という都合の良い古典の物語に介入したいというか、急に出てきてキスするだけのあいつを物語から排除したくて(笑)。その物語を和声的なものに落とし込むにあたって、複数の調が混在している状況、ポリトーナル(多調)が最適だと思った時に、シンプルなリズムじゃないと構造的にわかりづらくなるのが、ファンクっぽくなった理由かなと。それと私にとってファンクは〈物語の音楽〉で、このアルバムを戯画化して始めたかったんですよね」。
かと思えば、2曲目“きたれりルート”ではラッパーのvalkneeが作詞で参加し、「ここでアルバムがいったん終わる構造にしたかったので、私以外の強烈な声を持った人に歌って欲しかった」とのことでVTuberの月ノ美兎が歌唱を担当。萌えと毒を秘めたメルヘンチックな美声が前奏曲として機能すると、以降も長谷川の偏執的な編集によって伸び縮みしたバンドのアンサンブルが耽美な存在の揺らぎをもたらす先述の“嘔吐”(もちろんサルトルの同名小説からの引用だ)、ブレイクコア化していくトラック上で荒ぶる松丸契のサックス・ソロをtofubeatsがメタ実況(?)していく“ボス・モワレ・FS”など、思考と奇想が相乱れた知的で本能的な音楽が次々と奔流のように雪崩れ込んでくる。
ドルフィン・ハイパースペース周辺とも共振しそうな“我々不吉戦士”や、おとぼけビ~バ~のあっこりんりん&よよよしえが歌唱と作詞で参加した“なんでなんでもかんでも一から十までいちいちいちいちいちいちいちいち言わなあかんねん”などジャズを素地に持った演奏陣の技巧と前衛が光る楽曲もありつつ、先行曲“蜜の主”ではあえて8ビートのシンプルなリズム・パターンを採用。長谷川本人による渾身の〈Hit Me!〉というシャウトを含め、いままででもっともロックな、あるいは〈ロック〉を戯画化したような曲になっている。
「秋元修はポリリズムとゴーストノートに人生を捧げてきたドラマーなので、8ビートでスネアを愚直に叩き続けろなんて拷問に近いんですよ(笑)。でも、8ビートを得意な方がドラムを叩いていたら、ただマナーに則るだけで、ここまでおもしろい曲にはなっていなかったと思います。今回のアルバム自体、何かの形式をそのまま引用する行為と相性が良いことに気付いたんですよね。だから“蜜の主”は8ビートのロックを引用しました」。
積極的に無視する
日本盤に封入されるセルフライナーノーツによると〈日本にかつていた全てのノンバイナリーへの追悼〉として書いたという、盆踊唄の形式を引用した結びの曲“失せ物知らず”を含め、各楽曲にはそれぞれの主題を初期設定として設けたとのことだが、そのうえでアルバムの全体を貫く大きなテーマ、長谷川がいま抱いている、より言語的な魂の興味の軸にあるのは〈無視〉だと語る。
「『魔法学校』の主題が個人的かつ自分にとって救済の方向に働いていたなかで、それがいったん自分の手を離れたことで、世の中と相対する機会が増えたのですが、本当にムカつくことが多くて(笑)。いまは世の中が全体的に、倫理的なバックラッシュみたいな状況にあると感じていて、その結果、また個人主義的なところに逆戻りしてる感じがするんですよね。みんな自分で調べたり勉強するターンを省いたまま、意識だけが高くなっている気がする。それに対する応答が『素直な気持ちアルバム』の言語的な概念の9割くらいなんです。要はこの世には〈無視〉が足りなさすぎる。すべて説明されてるのが当たり前で、説明がないことに対して一瞬でイラつける人が増えた。だから私は手法として積極的に無視することにしたんです」。
音楽も、人の感情も、あらゆるものがわかりやすく図式化されるような世界と相対する手段としての〈無視〉。長谷川白紙の〈素直な気持ち〉がポリフォニックに変容しながら押し寄せてくる本作は、息苦しい現代への提言にして、世界には複雑で不明瞭なおもしろさがあることに気付かせてくれる指南書なのかもしれない。
「私は提言をするのは苦手なほうなので、本来はやりたくないんですけど、それでも言わざるを得ないぐらいムカついてるし、いまは自分が生きてきたなかでもっとも悪い時代かもしれないと感じているところもあって。もしかしたら来年にはもう出さなくてもいいくらい、緊急の応答性が強い作品だし、自分の出自として〈AだからB〉みたいな首尾一貫性の圧に慣れているからこそ、世の中そればかりではないことを伝えるのが私の役割だろうなと思うんですよね」。
長谷川白紙の作品を一部紹介。
左から、2018年作『草木萌動』、2019年作『エアにに』、2020年作『夢の骨が襲いかかる!』(すべてmusicmine)、2024年作『魔法学校』(Brainfeeder)
『素直な気持ちアルバム』参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、月ノ美兎の2025年作『310PHz』(ANYCOLOR)、tofubeatsの2026年作『Angels On The Dancefloor』(HIHATT)、おとぼけビ~バ~の2025年作『Live at Fandango』(Damnably)、イ・ランの2021年作『オオカミが現れた』(スウィート・ドリームス・プレス)
長谷川白紙が参加した夢ノ結唱の2025年作『CULTIVATION』(ブシロードミュージック)
ハハとヘアピンズのメンバーによる作品を一部紹介。
左から、宮地遼の2021年作『now it is』(リボーンウッド)、松丸契の2022年作『The Moon, Its Recollections Abstracted』(SOMETHIN’ COOL)、相川瞳&林正樹の2025年作『TEN TO SEN』(相川瞳)、細井徳太郎の2023年作『魚_魚』(SPACE SHOWER)
