積極的に無視する
日本盤に封入されるセルフライナーノーツによると〈日本にかつていた全てのノンバイナリーへの追悼〉として書いたという、盆踊唄の形式を引用した結びの曲“失せ物知らず”を含め、各楽曲にはそれぞれの主題を初期設定として設けたとのことだが、そのうえでアルバムの全体を貫く大きなテーマ、長谷川がいま抱いている、より言語的な魂の興味の軸にあるのは〈無視〉だと語る。
「『魔法学校』の主題が個人的かつ自分にとって救済の方向に働いていたなかで、それがいったん自分の手を離れたことで、世の中と相対する機会が増えたのですが、本当にムカつくことが多くて(笑)。いまは世の中が全体的に、倫理的なバックラッシュみたいな状況にあると感じていて、その結果、また個人主義的なところに逆戻りしてる感じがするんですよね。みんな自分で調べたり勉強するターンを省いたまま、意識だけが高くなっている気がする。それに対する応答が『素直な気持ちアルバム』の言語的な概念の9割くらいなんです。要はこの世には〈無視〉が足りなさすぎる。すべて説明されてるのが当たり前で、説明がないことに対して一瞬でイラつける人が増えた。だから私は手法として積極的に無視することにしたんです」。
音楽も、人の感情も、あらゆるものがわかりやすく図式化されるような世界と相対する手段としての〈無視〉。長谷川白紙の〈素直な気持ち〉がポリフォニックに変容しながら押し寄せてくる本作は、息苦しい現代への提言にして、世界には複雑で不明瞭なおもしろさがあることに気付かせてくれる指南書なのかもしれない。
「私は提言をするのは苦手なほうなので、本来はやりたくないんですけど、それでも言わざるを得ないぐらいムカついてるし、いまは自分が生きてきたなかでもっとも悪い時代かもしれないと感じているところもあって。もしかしたら来年にはもう出さなくてもいいくらい、緊急の応答性が強い作品だし、自分の出自として〈AだからB〉みたいな首尾一貫性の圧に慣れているからこそ、世の中そればかりではないことを伝えるのが私の役割だろうなと思うんですよね」。
長谷川白紙の作品を一部紹介。
左から、2018年作『草木萌動』、2019年作『エアにに』、2020年作『夢の骨が襲いかかる!』(すべてmusicmine)、2024年作『魔法学校』(Brainfeeder)
『素直な気持ちアルバム』参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、月ノ美兎の2025年作『310PHz』(ANYCOLOR)、tofubeatsの2026年作『Angels On The Dancefloor』(HIHATT)、おとぼけビ~バ~の2025年作『Live at Fandango』(Damnably)、イ・ランの2021年作『オオカミが現れた』(スウィート・ドリームス・プレス)
長谷川白紙が参加した夢ノ結唱の2025年作『CULTIVATION』(ブシロードミュージック)
ハハとヘアピンズのメンバーによる作品を一部紹介。
左から、宮地遼の2021年作『now it is』(リボーンウッド)、松丸契の2022年作『The Moon, Its Recollections Abstracted』(SOMETHIN’ COOL)、相川瞳&林正樹の2025年作『TEN TO SEN』(相川瞳)、細井徳太郎の2023年作『魚_魚』(SPACE SHOWER)