マンドリン、という楽器は、殊クラシックにおいては実に微妙な立ち位置にいる。一定の人気はあるものの、トップには程遠い。コレ、といった名曲が知られているわけでもない。そんなマンドリンに、近年新風を吹き込んでいる男がいる。クリス・シーリー、その人だ。古典的なマンドリンに(かのギターの制作の神様・初代ギブソンが)アレンジを加え作り上げた「フラット・マンドリン」を駆使し、圧倒的技巧で、これまでにない演奏を聴かせてくる。彼の所属するパンチ・ブラザーズブルーグラス界のみならず、カントリーやロックからも注目を集めているほど。

 そんな大注目のシーリーが、今回タッグを組んだのは、コントラバスの大御所エドガー・メイヤー。そして生み出されたのが、全く系統の違う2枚のアルバムだ。

CHRIS THILE 超絶のマンドリン~バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ Vol.1 NONESUCH/ワーナー(2013)

 1枚は、バッハ、器楽曲の最高峰に位置する『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』から、第1番全曲とソナタ第2番を収録した1枚。「ただのアレンジ演奏か」と侮る事なかれ。“一音毎にピックで撥弦しなければならない”マンドリンならではの奏法をものともしない高速パッセージで引ききってしまう超絶技巧を見せたと思えば、一転シチリアーノのような物悲しい個所ではリュートのような繊細さと深い雰囲気を聴かせてくる。マンドリンの新たな側面を引き出した演奏として、曲を知らない方ももちろんの事、この曲を普段聞かれている方こそ一聴をお奨めしたい盤ではないかと。タイトルにVol.1とあったので、ぜひ全曲の発売を期待したいところ。

CHRIS THILE,EDGAR MEYER コントラバスとマンドリン NONESUCH/ワーナー(2014)

 替わってもう一枚は「コントラバスとマンドリン」といういかにも直球勝負なタイトル。そしてタイトルにも負けない二つの楽器による超絶技巧対決を楽しめる。と言っても、喧嘩的なものではなく、どこかコミカルでカントリーチックな哀愁もある、語り口の上手さが際立った内容。今後の活躍が楽しみな演奏家である。