キューバ産、ワールド・シチズンが語るジャズ
最初のリーダー作『Personalities』(2011年)では母国キューバのアントニオ・マリア・ロメウとカルロス・ヴァレラの曲、そしてショスタコーヴィチの《弦楽四重奏曲第10番》を取り上げている。このクラシック作品は、エレクトロニクスを交えて。セカンド・アルバム『rhizome』(2014年)にはハロルド・アーレンとウェイン・ショーターの曲に加えて、ピアノ・トリオと弦楽四重奏団によるアンサンブルにチリ出身のカミラ・メザの歌が絡むオリジナル曲がある。これらのことから想像できるように、ファビアン・アルマザンは、音楽的越境系ジャズ・ピアニスト。しかもこの若きキューバ人の音楽には、ヌエバ・トローバの音楽とクラシックの音楽に相通じるリリカルな詩情が息づいている。本人の語り口も穏やかだ。
「10歳で家族と一緒に米国のマイアミに移住し、10代半ばの頃はフロリダでクラシック・ピアノを学んでいたんだけど、ある日の放課後、とあるピアニストが即興でジャズを演奏しているのをたまたま目にした。当時の僕はクラシックを愛していた。でも自分の気持ちを自由に表現したいという欲求もあって、やがてジャズを演奏することに喜びを感じるようになった。オーケストレーションの魅力に目覚めたきっかけは、ひょんなことから。10代の頃、転んで右手を怪我して半年間ピアノを弾けない時期があった。その時、クラシックのピアノの先生がラヴェルの《左手のためのピアノ協奏曲》を教えてくれて、それで僕もオーケストレーションを本格的に学ぼうと思ったんだ」
ファビアンが率いるトリオは、オーストラリア育ちのマレーシア人系女性ベーシストとプエルトリコ出身の男性ドラマーから成る。当然のごとく、音楽もマルチカルチュラル。ラテン色が濃厚なキューバ系ジャズとは、一線を画している。殊に『rhizome』は、麗しい弦楽器のオーケストレーションが聴きもの。ちなみに将来の夢のひとつは、自然を題材としたドキュメンタリー映画のスコアを手掛けることだという。
「僕の音楽にはこれまで自分が見聞きしてきた色々なことが反映されているし、自分のことを“世界市民”だと思っている。クラシックの作曲家で、影響を受けたのはラヴェル、武満徹、ブラームス、ストラヴィンスキーです。武満さんは、オーケストラの演奏をひとつの脈動として捉えているというか、ただ単に音符を連ねているだけではない、脈打つような力強い動きが底に流れていると感じる。その点で僕は、武満さんから影響を受けました。ただし、僕は自分のことをジャズ・ミュージシャンと呼ばれることに抵抗はありません。ええ、“ジャズ”の可能性を信じていますから」