フラメンコを超えて結実した、大西洋をまたぐ21世紀の交流劇

 現役最強のカンタオール(フラメンコ歌い)、ディエゴ・エル・シガーラ。母国スペインで幅広い世代に支持され、ダントツ人気を誇るフラメンコ界の異端児は、今や国際的にもっとも知名度の高いカンタオールと断言してよい。理由は明白。彼はディープな伝統にのみ拘泥せず、敢えてフラメンコの領分を飛び越えて、貪欲に大西洋をまたぐ交流劇にチャレンジし、ラテン世界の歴史的記憶をしかとたぐり寄せてきたからだ。彼の披露する名曲群は、20世紀の新旧大陸で間違いなく共有されていた。ラテンジャズの手法を採り入れながらも、随所にフラメンコ特有の発声と節回し、こぶしや魂の叫びが迸る、アクの強い異形のパフォーマンスは、まるで魔法か妖術のように人々を惹きつけてやまない。

 今秋、ついにシガーラ、10年ぶりの来日公演が決まった。前回は、愛知万博会場で一度きりのパフォーマンス。しかもキューバ音楽界の重鎮、チューチョ・バルデスとの二枚看板ステージだったし……いわば今回の序章か? あれから10年、シガーラのレパートリーはさらにエリアを拡大し、サウンド面でも進化を遂げている。キューバやメキシコの定番ソングに続き、スペイン人の記憶に刻まれてきたアルゼンチンタンゴ、社会派フォルクローレを含む、いっそ荒唐無稽と呼ぶにふさわしいスケール感だ。

 シガーラの野望と挑戦は2000年、至宝級ピアニスト、ベボ・バルデス翁(※チューチョ・バルデスの父、2013年3月に他界)との運命の出会いに始まった。映画監督フェルナンド・トルエバの仲介を得て実現した夢の邂逅は、グラミー賞受賞ほか数々の栄誉に浴し、世界中で100万枚余のセールスをあげた2003年のアルバム『ベボ&シガーラ/黒い涙(ラグリマス・ネグラス)』という形で実を結ぶ。そして長期に亘る両者のワールドツアーは、次なる歌との遭遇へとシガーラを駆り立てていったのだ。

 自己名義の来日公演としては2度目(※90年代末、舞踊手のサポートで数度訪日歴がある)の今回、5月にスタートしたワールドツアーに準ずるものとなるようだ。プログラムは、前述『黒い涙』と、続編の2008年作『ドス・ラグリマス』、2010年作『シガーラ&タンゴ』、2013年作『トゥクマンの月のロマンセ』を軸に厳選。歌伴奏に秀でた精鋭ギタリスト、ディエゴ・デル・モラオもツアー参加するので、喧しいフラメンコ・ファンでさえ、この機を逃すわけにはゆくまい。

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