100%フラメンコ! 浪漫派詩人の傑作が完成
かつて貴公子と呼ばれたビセンテも五十路を迎え、完全にイメチェンを図った!? いや、さにあらず。コンセプチュアルなアルバム制作に徹する優れたプロデューサー、稀有のフラメンコギタリストだからこその変容と見るべきだろう。ほぼ4年に1作を発表してきた彼だが、8枚目の本作は、現時点での集大成という重要な意味合いを持つ。全編がビセンテの芸歴の起点、コルドバにおける録音で、すべてフラメンコ曲種に則った書下ろしだ。むろん作詞作曲も彼自身の手になる。
当代一級のテクニックをいかんなく発揮する冒頭のルンバ《アモラリー》。ポティートが歌う詞からは恋物語の始まりを予感させるが、詩集のページをめくるように曲を聴き進めれば、単なる女性への思慕にとどまらぬテーマ性だと気づく。《グアダメシ》は強靭なブレリア。《贈り物》に同郷のベテラン、もっとも共演歴の長いエル・ペレが、おいしいところで登場。ビセンテ伴奏でアルバム3枚をリリースしているだけに、相性は抜群だ。タイトルはこの曲のフレーズ「感覚の記憶は神の贈り物」から採られており、7曲目ティエントの一節とも巧妙に連携する。
民謡に近い時代のカンテ(フラメンコの歌)は、曲種に応じ複数の詞を脈絡なく繋ぎ合わせて演じる即興芸だった。今やそんな伝統の荒技をよしとせず、詞に統一感を求める傾向は強いが、ビセンテの場合、歌詞に対する思い入れは格別だ。さらにアルバム一枚を通してイメージを膨らませ、詩作としての価値を付与せんとしている。
トップ人気を誇る舞踊手ファルキートを迎えた《オルフェブレスの橋》、美旋律が際立つ《セビリア》、ペペ・デ・プーラの歌入りアレグリアス《人魚の広場》。重厚な大作《カンディルに捧げるティエントス》には、現代の手練れミゲル・ポベーダが参加。ペドロ・エル・グラナイーノが歌う《月は泣いている》は、ビセンテお得意の闘牛士へのオマージュで、アレハンドロ・タラバンテに捧げるブレリア。
記憶の鍵を握る終幕《鎮魂歌》は、亡きパコ・デ・ルシアへの追憶に間違いない。ラファエル・デ・ウトレーラ~ニーニャ・パストーリ~アルカンヘル~ミゲル・ポベーダ~ペドロ・エル・グラナイーノと歌い継ぎ、荘厳さを演出。各人の個性が滲む節回しを堪能しつつ、恩師の棺を担いだビセンテの真意を読み解くなら……恋歌と映る詞も、浪漫派詩人にふさわしい、パコへの思いを託した暗喩だった……とは、深読みに過ぎるか。