
エレクトロニックなパッチワークのおもしろさを突き詰める路線と、ストリップ・ダウンしたフォーキーなナチュラル路線――ベックの楽曲群には大きく分けて2つの路線が存在するが、ここ最近は後者の冴えが際立っている。今年2月発表の『Morning Phase』も静かなるサイケデリック・フォークな内容で、2002年の傷心アルバム『Sea Change』以来とも言える高評価を獲得した。それと並行する形で、フォーキー路線の延長線上にあると思われる、もうひとつの奇妙なプロジェクトが進行していたのをご存知だろうか。
ベックの2014年作『Morning Phase』収録曲“Heart Is A Drum”
20曲分の楽譜とアートワークから成る『Song Reader』を、ベックは2012年にマクスウィニーズ出版社からリリース。つまり音のない〈アルバム〉なのだが、そんな作品を出そうと思い立った理由について、彼はこのように説明する。
「あれは90年代半ば、ちょうど『Mellow Gold』を出した後のことだ。そのアルバムのピアノとギター・コードを譜面に起こす出版社から、楽譜のコピーが送られてきた。音という無形のアイデアが記譜され、形になったものをマジマジと眺めて、〈音源というのは、楽譜になっても同じ効果を発揮するようにはできていないんだ〉と痛感したよ。順序を逆にして、曲を楽譜にすることを先行させたほうが、ずっと自然なように思えたんだ。演奏しなければ聴くことのできないアルバム――そんなアイデアがふと頭をよぎった瞬間だったね」。