人気と実力を兼ね備えた〈現代ジャズ・シーン最高の才媛〉、エスペランサ・スポルディングがニュー・アルバム『Emily’s D+Evolution』をリリースした。自身のミドル・ネームである〈エミリー〉という名のキャラクターが主人公のコンセプチュアルな作品で、デヴィッド・ボウイの遺作『★』も手掛けたトニー・ヴィスコンティが共同プロデュースを務めていることでも話題に。5月30日(月)、31日(火)には同作を引っ提げての来日公演も控えており、アルバム中のストーリーを演劇的な手法を交えて表現する最先端パフォーマンスは2016年上半期トップの注目を集めそうだ。

そこで今回は、これまで以上にアグレッシヴな一枚となった『Emily’s D+Evolution』の背景を改めて検証しつつ、ステージでこそ真価を放つプロジェクトの魅力に迫るため、3月3日にNYで開催されたショウケース・イヴェントの現地レポートを、当日の模様をフル収録したライヴ映像と共にお届けしたい。

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ESPERANZA SPALDING 『Emily’s D+Evolution』 Concord/ユニバーサル(2016)

 

万能型アーティストが斬新なモデルチェンジ

〈ケンドリック・ラマーやカマシ・ワシントンらの活躍もあり、ジャズとポピュラー・ミュージックの関係性は2011年時点と異なる状況にある〉――インディー・ロックを核とするメディアのPitchforkが『Emily’s D+Evolution』を高く評価し、エスペランサを初めて大々的にフィーチャーするにあたって、最初にアップされた記事はこんな一節から始まっていた。史上最年少の弱冠20歳でバークリー音大の講師に就任するなど、早くから才色兼備の逸材と讃えられた84年生まれのエスペランサが、第53回グラミー賞でジャスティン・ビーバーを退けて最優秀新人賞に輝いたのが2011年の話である。

室内楽を大胆に採り入れ、万能型ソングライターとしての資質を開花させた『Chamber Music Society』(2010年)と、Qティップを共同プロデューサーに迎えてラジオ・フレンドリーなポップスに挑んだ『Radio Music Society』(2012年)の2枚が象徴するように、ジャズ・シーンの期待を背負いながら、その枠を超えてブラック・ミュージック全体を揺るがすイノヴェーションを牽引してきたエスペランサは、ロバート・グラスパーと人気を二分する2010年代のスーパースターだ。多くのフォロワーを生み出したグラスパーに対して、規格外であるが故に孤高のポジションに君臨している彼女は、ブルーノ・マーズやジャネール・モネイといった一線級のアーティストに求められ、プリンスの寵愛を受けるなど、ポップ・フィールドにまで活躍の場を広げていった。

『Radio Music Society』収録曲“Black Gold”

Photo by Holly Andres

そして、夢のなかに現れたもう一人の自分=エミリーという別人格を演じるために、かつてのアフロヘアからドレッド風のヘアスタイルに生まれ変わったエスペランサが、満を持して世に問いかける衝撃作が『Emily’s D+Evolution』だ。斬新なモデルチェンジを遂げたのはルックスだけではない。オープニングを飾る“Good Lava”のミュージック・ビデオで吹き荒れる活火山のように、熱気のこもったファンク・ロックは聴く者を驚かせるだろう。とはいえ、前2作でもコンポジションを追求した彼女だけあり、複雑なリズムやコード進行が敷き詰められながらも、楽曲自体はすこぶるキャッチーに仕上げられている。サウンド面ではジョニ・ミッチェルからの影響が色濃く滲む一方で、スティーリー・ダンとダーティ・プロジェクターズの中間に置いてみても収まりが良さそうだ。

 

高い理想を叶える精鋭プレイヤーが集結

制作にあたっては冒頭で引用したような、ジャズに多様な音楽ジャンルを融合させる同世代のアーティストに刺激を受けたそうで、エスペランサ本人の表現を借りると〈ジャズのイディオムを学びながら、ヴォキャブラリーが豊富で幅広い音楽のパレットを持つ〉バンド・メンバーを新たに集結させている。スキルフルかつエキセントリックで、しかも徹底して機能的な(=テクニックをひけらかすのではなく、楽曲の骨格を担ってブーストする)演奏をスタジオ・ライヴ形式で録音するというのは、彼女の理想を叶えるプレイヤーが集まったからこそ実現できた離れ業だ。

そのメンバーたちに目を向けてみると、繊細でポスト・ロック的なフレーズから、ジミヘンばりの荒々しいプレイまでこなすギターのマシュー・スティーヴンスは、『Emily’s D+Evolution』のカラーリングに大きく貢献している。さらに、カリーム・リギンスと並んでドラマーとしてクレジットされたジャスティン・タイソンは、マシューと共に本作のツアーにも帯同し、レコーディング・キャリアの浅い新鋭ながらエスペランサも舌を巻くほどの柔軟なプレイを披露しており、ここから一気にステップアップを果たすかもしれない。また、エミリー・エルバートとナディア・ワシントン、コーリー・キングの3人による七色のバック・コーラスが楽曲に豊かな立体感をもたらし、ポップスとしての強度を底上げしている点もポイントだ。

マシュー・スティーヴンスの2015年作『Woodwork』収録曲“Ashes”のパフォーマンス映像

ジャスティン・タイソンが参加した、ナウVSナウのライヴ映像。ナウVSナウは『★』に参加したジェイソン・リンドナーが率いるバンドで、マーク・ジュリアナの後任としてプレイ

もちろん、アルバムを支配しているのは主役のエスペランサであり、生前のデヴィッド・ボウイさながらにヴォーカルの表情を使い分けながら、平均的なロックと比べても図太く強調されたベース・プレイで確固たる存在感を示す。そして、低音が放つジェントルな重厚感には、共同プロデューサーのトニー・ヴィスコンティらしい匠の技が垣間見える。彼の参画もあって、エフェクトは最小限に留められているがプロダクション自体はリッチであり、シンプルで生々しい音作りには、ライヴでの再現を大前提としたこだわりが窺えるだろう。

〈Emily’s D+Evolution〉としてのライヴは、昨年9月の〈第14回 東京JAZZ〉で先行披露されている。スクリーンや小道具も用いつつ、ミュージカルのように進行していくパフォーマンスは、持て余すほどの想像力をフル稼働させて、自分だけのパラレル・ワールドを具現化しているようでもあった。アルバム単体でも一級品だが、その前衛的なコンセプトはシアトリカルな演出を伴うことで完成形となる。次のページで紹介するNY公演のレポートと、同日のライヴ映像(迫力満点のアングルは、無料で視聴できるのが申し訳なくなるほど!)から、ぜひ現場の空気を味わってみてほしい。エスペランサの挑戦を後押しした〈ジャズとポピュラー・ミュージックの新しい関係性〉は、彼女の手によってふたたび更新される。