DJシャドウの5年ぶりとなるニュー・アルバム『The Mountain Will Fall』が先日リリースされた。インディー・ロック界隈での評価も高いヒップホップ・デュオのラン・ザ・ジュエルズに、UKマンチェスターのレーベル、ゴンドワナを主宰するジャズ・トランぺット奏者のマシュー・ハルソールポスト・クラシカルの第一人者ことニルス・フラームとゲスト陣も充実している本作では、独創的でチャレンジングな音作りが復活。やや停滞気味なアルバムが続いていたDJシャドウにとっても会心の一枚だろう。

さらに今年は、偉大なる96年のデビュー作『Endtroducing.....』がリリース20周年を迎える。この90年代を代表する金字塔は、ヒップホップの世界に革命をもたらすばかりでなく、レディオヘッドを筆頭にジャンルを越えて影響を及ぼし続けており、D.A.N.など新世代のバンドに親しむ若いリスナーの耳にも新鮮に響くはずだ。そこで今回は、当時からアブストラクト・ヒップホップのシーンを積極的に紹介してきた音楽ジャーナリストの原雅明氏に、ビート/サンプリングの開拓者が歩んできた20年を再考してもらった。 *Mikiki編集部

DJ SHADOW The Mountain Will Fall Mass Appeal/HOSTESS(2016)

 

偏執的なエディットで孤独を描く、ヒップホップ時代のフィル・スペクター

DJシャドウと言えば、いまだに『Endtroducing.....』を思い浮かべる。タメの効いたスロウなビートとミニマルなウワモノのメロディーとそれを囲む音響、それにスクラッチ。これだけの構成要素で聴き続けたいと思わせる世界を彼は作った。その前に同じモワックスからリリースされた、DJクラッシュの“Kemuri”とのスプリット12インチ“Lost And Found (S.F.L.) ”も最高だ。さらに、モワックスと契約前にリリースした17分にも及ぶ“Entropy”(93年)や、ダブル・ディー&スタインスキへのオマージュである“Lesson 4”(91年)での、サンプリングとミックスに取り憑かれた者にしかできない表現も圧巻だった。

※ブレイクビーツ・クラシックとなった〈Lesson〉シリーズで有名な、ヒップホップ黎明期のプロデューサー・デュオ

DJシャドウことジョシュ・デイヴィスは、サンプラーがまだ高価で手に入れられない時代のビートメイカーが皆そうであったように、4トラックのマルチ・レコーダーでビート作りを始めた。やがて、AKAIのMPC60を手に入れると、学生時代の仲間であるブラッカリシャスリリックス・ボーンたちとレーベル=ソールサイズを立ち上げ、本格的に制作に乗り出す。ちょうど、UKからはマッシヴ・アタックポーティスヘッドが登場し、ヒップホップとダブの影響下にあるビートが注目を集めた時代で、それに続くようにジェイムズ・ラヴェルが主宰するモワックスとコールドカットニンジャ・チューンがインストゥルメンタルのロー・ビートをリリースするようになる。なかでもDJシャドウとDJクラッシュは、モワックスのサウンドを代表する存在となっていった。

DJ SHADOW Endtroducing..... Mo' Wax(1996)

Mixmagのライターが考案したとされるトリップホップという名称がそれらに付けられ、一方でそれに反発するようにアブストラクト・ヒップホップという呼び名が使われたりもしたが、ともかくDJクラッシュのアルバム『Strictly Turntablized』(94年)に続いて、DJシャドウの『Endtroducing.....』がリリースされた頃には、これらのインストのビートは、あらゆるサウンドを呑み込むプラットフォームとして機能し、ダンスフロアからリスニング空間までを満たすことになる。それは、とてもパーソナルで密室性の高い音楽が一定のポピュラリティーを得たことを意味していた。のちにJ・ディラのトリビュートなど数々の重要なプロジェクトで知られることにもなるカメラマンのB+が撮影した『Endtroducing.....』のジャケット写真――レコードを堀るという行為の孤独を写し出したかのようなショットは、DJシャドウの音楽がどのように生まれてきたのかを何よりも物語っている。『Endtroducing.....』は一人でしか作ることができなかったものであり、その偏執的なまでのサンプルのエディットはヒップホップ時代のフィル・スペクターかというほどの徹底ぶりだった。そういった手法は、続く2作目の『The Private Press』(2002年)で極限まで達することになる。

『Endtroducing.....』収録曲“Midnight In A Perfect World”
DJシャドウの97年のシングル“High Noon”
 

 

サンプリングを究めてからの停滞と、未来的すぎる再生

DJシャドウは『Endtroducing.....』のリリース後、ジェイムズ・ラヴェルとのアンクルなど、さまざまなコラボレーションを進めていく。カット・ケミストジュラシック5)と一緒に7インチ・レコードだけで作ったミックス作品『Brainfreeze』(99年)など、DJとしても注目すべき仕事を形にしていった。そして、2002年にメジャーと契約してリリースした『The Private Press』は、本人も語るようにサンプリングから作られる音楽を極めたものだった。と同時に、6年前にリリースされた『Endtroducing.....』ではまだ可能性のあるプラットフォームだった音楽が、終わりを迎えたことを告げてもいた。アブストラクトな響きや密室的なムードの代わりに、より具体性のあるメロディーやハーモニーが緻密に作られており、それらはもはやサンプリングではなく生演奏で置き換えられる一歩手前にまで来ている。つまり、孤独に一人で作る必要性がない音楽へと向かいはじめているようだった。

トム・ヨーク(レディオヘッド)とDJシャドウがコラボした、アンクルの98年作『Psyence Fiction』収録曲“Rabbit In Your Headlights”
『The Private Press』収録曲“Six Days”
 

そして、2006年にリリースした3作目『The Outsider』ではQ・ティップデヴィッド・バナーフォンテリトル・ブラザー)など多くの共演者を得て、ヒップホップはもとよりブルースやインディー・ロックからハイフィーまでを網羅している。2011年にリリースした『The Less You Know The Better』ではスクラッチの代わりにギターや歌が目立つようになり、よりポップなプロダクションを纏ったサウンドを打ち出した。曲によっては魅力的なものもあったのだが、端的に言えば、『The Outsider』あたりで離れていったリスナーを振り向かせることができず、また新たなリスナーを獲得することもなかったのが、近年のDJシャドウだ。しかし、ここ数年でその活動に変化を感じるようになった。

そのきっかけは、〈ロウ・エンド・セオリー〉(以下、LET)に出演した際のDJだった。LAで毎週開催されている〈LET〉は、フライング・ロータスら新しいビートメイカーを多数輩出したパーティーとして知られているが、同時に主宰のダディ・ケヴらが影響を受けたレジェンドが出演することでも有名である。2012年の夏にサンフランシスコで行われた〈LET〉に、DJシャドウは初めて出演している。そこで披露した“All Basses Covered”という45分ほどのDJセットは、これまでのDJシャドウのイメージを大きく覆すものだった。タイトル通りベースに焦点を当て、〈LET〉でかかるようなベース・ミュージックはもちろんのこと、トラップ、ジューク/フットワークからハードコア・ラップやエレクトロまでを繋いでいく。その前から変化の兆しはあったのかもしれないが、〈LET〉への出演はDJシャドウのスタイルを決定的に変化させた。同じ“All Basses Covered”セットのDJをマイアミのクラブでやろうとして、〈未来的すぎる〉とプロモーターに止められたことが当時話題になったくらいだ。

2012年の〈LET〉での“All Basses Covered”DJセット音源

 

アブストラクトゆえの自由を取り戻した、フレッシュな新作

そんな経緯もあったので、今回の新作『The Mountain Will Fall』には密かに期待を寄せていた。そして、冒頭のタイトル曲を聴いただけで、この作品が“All Basses Covered”の流れから生まれたものであることを確信したのだ。メジャーを離れ、ナズのレーベル=マス・アピールからリリースしたことも良い方向へと作用したのだろう。エル・Pキラー・マイクのラン・ザ・ジュエルズをフィーチャーした“Nobody Speak”は間違いなくハイライトの一つだし、DJシャドウらしいサンプリング・センスを久々に堪能できる曲でもある。

さらに、それに続く“Three Ralphs”では『Endtroducing.....』以来聴くことがなかった、かつてのアブストラクトな音響を更新するかのような世界へとBPMを落としていく。ニルス・フラームをフィーチャーした“Bergschrund”も、ポスト・クラシカルなサウンドに手を広げたわけではなく、エレクトロニック・ミュージックに動的な要素を加えているだけだ。

ゴーゴー・ペンギンを見い出したマンチェスターのトランペッター、マシュー・ハルソールも、同様に控えめだが効果的な要素を付加している。彼をフィーチャーした“Ashes To Oceans”という曲もアルバムのハイライトだろう。6分以上ある曲だが、一定のムードでは進まず、生演奏とエディットを行き来するようなスリリングな展開を聴くことができる。この新作について、〈インストの普通の構成に頼らなくていいことを示したかった〉とDJシャドウ自身も語っているが、“California”という曲での展開が変転していく様子は、ブレインフィーダーから先頃発表されたデビュー作『Fool』でジェイムスズーが示した、一筋縄でいかない展開にも通じるものであり、DJシャドウがいまだフレッシュな存在であることを十分に表してもいるだろう。

ジェイムスズーの2016年作『Fool』収録曲“Flu”
 

かつて、DJクラッシュから95年作『Meiso』で“Duality”という曲をDJシャドウと制作した際の話を訊いたことがある。DJシャドウはちょうど『Endtroducing.....』を制作していた頃だろう。大きなスタジオにDJセットとサンプラーを1セットずつ配しての録音は、お互い静かに音を出し合って、会話するように進行したのだという。ラップもなく、インストだけだからこそ進んでいける自由があるという話を聞き、そして出来上がった、ターンテーブルとサンプラーによるモード・ジャズと言っていい“Duality”を聴き、インストの可能性を確信したのだが、『The Mountain Will Fall』はそんな記憶を反芻させるアルバムでもある。