後世で発見される音楽になれたら
――ニカホさんのオフィシャルのプロフィールは〈サイケとブルース、シュルレアリスムを愛する〉というフレーズから始まるじゃないですか。サイケではどのあたりのものが好きなんですか?
ニカホ「ざっくりUSサイケとブリティッシュ・サイケの流れがあるとして、僕はわりと後者を通ってきたように思います。シド・バレットの〈帽子が笑う…不気味に〉(『The Madcap Laughs』)(70年)あたりが大好きですし、あとは90年代のマッドチェスター界隈――インスパイラル・カーペッツやシャーラタンズとか」
――23歳の若者からインスパイラル・カーペッツの名前が出てくるとは! 確かに初期のシャーラタンズはキーボードの音色など良いサイケ感がありますね。
ニカホ「あとスープ・ドラゴンズが(ローリング・)ストーンズの“I’m Free”をカバーしたものとかも良いですよね。映像のチープな感じもすごく好きです」
――話を聞いていると、音楽的には洋楽志向が強いように思いましたが、いまは日本語で歌っていますよね。日本語詞を選んでいるのはどうしてなんですか?
ニカホ「単純に自分が日本語で文章を書くのが好きというのと、あとリスナーとして何語で歌っているかをあんまり気にしないというのもあります。知らない言葉で歌われている音楽は聴覚体験として刺激的じゃないですか。僕にとって全然意味がわからないアフリカの言語で歌っている音楽がおもしろいのと同様に、僕の音楽が何十年後かに誰かに発掘されたときに、よくわからない日本語の音楽として聴かれるのはおもしろいんじゃないかなって。同世代の音楽家には、同時代の海外シーンを意識している人たちが多いんですけど、僕はそのあたりはそんなに関心がなくて、ドキュメントとして残るのであれば日本語のほうがおもしろいと思っています」
――その50年後、100年後から自分の音楽を捉える視点はすごく興味深いです。化石のように発掘されれば良いということですよね?
ニカホ「そうです。僕のルーツであるブルースは、録音物以上に人類学者なんかがフィールド・ワーク的に採譜したり詩を集めたりするところから世に広まっていったので、僕の音楽も資料として後世で発見されたら良いなと思う。100円の中古レコードのなかに聴いたことがないような音楽が紛れているとか、そういうところにロマンを感じるから、自分の作品もそうなったら良いなと」
――データじゃなくてモノとして作品を遺したい意識が強いんでしょうね。
ニカホ「ネットもアーカイヴしていこうという動きがあると思うんですけど、ネット上の膨大なデータから僕の音楽が見つかるとは思えないんです。モノはモノの存在感があると思うし、いろいろなものが失われていったあとに再発見される可能性があるとすれば、それはデータじゃなくてモノなんだと思う」
――地球が廃墟となった未来に宇宙人が来て〈これなんだろう〉と手に取ったものがニカホさんのレコードだったというのは、 ロマンの在り様として素敵だなと思います。
ニカホ「なんだか途方もない話をしていますね(笑)」
ニカホヨシオはオルナタティヴなものをやる場所
――歌詞に話を戻すと、今回収録された各曲は主題がはっきりしている印象でした。
ニカホ「あらかじめテーマがあるというよりは、書きながらだんだん形になっていくことが多いですね。“亡霊たちの楽園”だったら最初に〈亡霊の時間〉というフレーズが出てきて、それからイヌワシなど神話的なモチーフが現れて、自然発生的に形作られていった」
――では、“SUR LA TERRE SANS LA LUNE(月のない地上)”はどうですか?
ニカホ「これは書く前にモチーフが出ていました。風邪をひいて寝ていたら、〈月なんて本当はないんだ〉という気がしてきた日があって」
nakayaan「そんな日あるんだ! ヤバイね」
ニカホ「流石に本気で思ってるわけではないんですけど(笑)。ちょっと頭のおかしいおじさんが近所の子供たちに、月なんて本当はないんだよと話しかけているイメージというか」
――ライブの告知でも〈月のない世界へ行けるよ〉と書かれていて、いまのニカホさんにとってはメインテーマなのかなと思ったんです。
ニカホ「〈月のない世界〉と〈月のある世界〉の違いは物事の捉え方だと思っていて。僕らは月のある世界に住んでいますが、 月のない世界という可能性も同時に抱えているような気がする。月は単なる共同幻想でしかないんじゃないかなって。ファンタジックな世界を描いたわけではなくて、 同じ1つの現実なんだけど2つの捉え方で見ている……そういう考え方ですね」
――なんとなく「知覚の扉」にも近いニュアンスというか?
ニカホ「ウィリアム・ブレイク※(笑)。そうですね、僕の場合はそれを、月があるか/ないかというイメージで表しているんだと思います」
※オルダス・ハクスレーが自身のドラッグ体験を綴った著書「知覚の扉(The Doors Of Perception)」のタイトルは、ウィリアム・ブレイクによる詩の一節〈もし知覚の扉が浄化されるならば、すべての物は人間にとってありのままに現れ、無限に見える〉から取られている。同書はドアーズのバンド名の元ネタとしても有名
――ニカホさんにとっての3大要素の2つ、サイケとブルースの話はしてもらいましたが、シュルレアリスムについても教えてください。特に好きな作家は?
ニカホ「アンドレ・ブルトンやマックス・エルンストといったシュルレアリスムの中心人物を別にすると、最近はチェコのトワイヤンやカレル・タイゲといった画家や詩人に注目しています」
――この間、ジョルジュ・メリエスの未発表フィルムがチェコで発見されたというニュースを受けてツイートしていましたね。
チェコってのがいいよね。 https://t.co/ULeEQe69R9
— ニカホヨシオ (@deborahswh) 2016年10月13日
ニカホ「チェコはなぜかそういうのが出てくるんですよね(笑)。埋もれていた何かが発掘される場所なんです。他の地域とは違って、チェコのシュルレアリスムは20世紀前半からの流れが絶えずに続いている。日本でもヤン・シュヴァンクマイエルなんかがよく知られていますよね」
――ニカホさんのなかでサイケ、ブルース、シュルレアリスムは通じる面がありますか?
ニカホ「これは難しい質問ですね(笑)。シュルレアリスムとブルースは何か重なる部分があるんじゃないかと以前から考えているんですけど、上手く言語化できないまま時間が経っていて。いずれ、なんらかの形で考えをまとめるのがいまの課題なんですよ。個人的な作品の享受の仕方としてはそれぞれまったく別で、サイケのもたらす体験がブルースやシュルレアリスムでも体験できるかというと違う。ただ、それぞれを動かしている問題意識に通底するものはあるんじゃないかとは考えています」
――わかりました。ちなみにブルースにはどんなところに惹かれているんですか?
ニカホ「人生の節目節目で〈やっぱりブルースだ〉となる瞬間があるんです。それは単純に音楽的な興味という話ではなくて、自分が生きるために必要なものだと再確認するというか。仮にゴスペルとブルースという分け方があるとして、僕はゴスペルじゃなくてブルースなんですよ。自分が生きていくうえで問題を抱えつつ、それでも絶望するわけではなく、日々を過ごしていくためには……と僕は何の話をしてるんだろう(笑)」
――ハハハ(笑)。こういう人の作る音楽が、結果的にいまっぽいサウンドになっているのがおもしろいなと思います。
ニカホ「そうなんですよね。いまっぽいかは自分ではわからないんですけど、まぁビザールなものがずっと好きなので、ニカホヨシオはビザールなもの――Yogee New Wavesの鍵盤やブルース・ギタリストとして出している面とは違った、いろいろなものに対してオルタナティヴなものをやる場所なのかなと思っています」
――タバコが排除される時代だからこそ、そこに属さないアウトサイダーが一人いても良いですよね。
ニカホ「時代に抗っていくのが僕の役目なんでしょうね」
~ニカホヨシオからのお知らせ~
〈落日飛車『JINJI KIKKO』Release pre-party〉
2016年11月10日(木)東京・青山 蜂
共演:落日飛車
DJ:岸野雄一/坂田律子/谷内栄樹/TSURU(N2B GUITAR MUTATION)
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〈Mikiki Pit〉
2016年11月21日(月)東京・恵比寿batica
共演:KONCOS/ラッキーオールドサン/South Penguin
ラウンジDJ:タイラダイスケ/Mikiki DJs(田中亮太&小熊俊哉)
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~ミツメからのお知らせ~
〈WWMM〉
2016年12月25日(日)東京・恵比寿LIQUIDROOM/LIQUID LOFT
出演:ミツメ/and more
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