ジム・オルーク、石橋英子、山本達久によるカフカ鼾(いびき)が初のスタジオ・アルバム『nemutte』を10月にリリースした。2014年の前作『okite』は、東京・六本木SuperDeluxeにてライヴ・レコーディングされた音源を、ジム自身がリミックスしたものだったが、1年半ぶりとなる本作は、スタジオでの即興演奏に特殊なオーヴァーダビング、さらには緻密なポスト・プロダクションを加えたアルバム。即興演奏の大胆なエディットというと、テオ・マセロのプロデュースによる一連のマイルス・デイヴィス作品を思い出すが、時期も場所も違う素材を切り貼りしていくジムのエディットは、むしろフランク・ザッパがライヴ演奏から自身のギター・ソロのみを編集した81年作『Shut Up 'n Play Yer Guitar』に近いものがあるかもしれない。
昨年、実に13年半ぶりのヴォーカル・アルバム『Simple Songs』をリリースしたジム、坂本慎太郎や星野源の作品への客演に加えて、映画音楽を手掛けるなど活動の幅を拡げる石橋、そして、各国のアーティストとの即興演奏やUAの作品への参加など多岐に渡って活躍する山本。そんな多忙な3人が時折集まり、即興演奏を行う理由はどこにあるのだろうか?
本作の実にユニークな制作方法についてはもちろん、一般的にハードルが高いと言われている即興音楽の醍醐味、楽しみ方などを3人にぶつけてみた。
即興録音した素材を〈音〉として扱うことで歌モノのアルバムよりも有機的な作品になる
――今回の『nemutte』は、ずいぶんと凝った行程で作られた作品のようですね。
山本達久(ドラムス)「前作はライヴ・レコーディングだったんですけど、今回の作品は実は100%即興演奏ではないんです。まず、3人のスケジュールが空いているときにスタジオへ行き、1時間か2時間くらい即興で演奏して。そこで録音したものをしばらく放っておいたんです(笑)。で、何年か経ったのちにその演奏を聴きながら、もう一回即興演奏を被せてみようということになって」
――え! つまり数年前の自分たちの即興演奏に対して、いまの自分たちが即興で反応しているわけですか? メチャメチャおもしろいですね。
山本「そうなんですよ。もうその時点で100%の即興演奏ではなくなりますよね。しかも、3人とも1回目とは持つ楽器を替えたんです。最初のセッションでは、ジムは何か電子音的なノイズを出していて、英子さんはローズを弾きながらエフェクターを操作し、僕はドラムを叩いて。2回目の演奏のときは、ジムがウッド・ベースを持って、英子さんは生のピアノ、俺はまたドラム(笑)。1年前の演奏だから、自分がどんなことをやっていたのかもすっかり忘れているからおもしろかった。で、そこからまた1年くらい寝かし(笑)。最近になって、突然ジムさんがミックスを始めたという」
ジム・オルーク(シンセサイザー/ギター)「その前に英子さんと、ほんのちょっとだけ追加のオーヴァーダビングもやったね」
――ということは、最初のセッションは何年前に行っているんですか?
石橋英子(キーボード/ピアノ)「3年くらい前だったと思う」
山本「だから、このレコードをよく聴くと、ベース、ドラムス、ピアノで一緒に演奏している瞬間があるんですけど、実は同じ時間軸では演奏していないんです」
――さまざまな楽器の音が鳴っているし、一体どんな機材セッティングにしていたのかなと思っていたのですが、まさかの重ね録りだったわけですね。
石橋「そうなんです」
――今回のアルバムは音も素晴らしいですよね。ヘッドフォンで聴いているとまるでサラウンドのようなイメージ。
ジム「ありがとうございます(笑)。でも特に今回、特別なアウトボードを使っているわけでもなくて。いつものマイクとプリアンプとコンソールでやっています。コンピューター内でプラグインを使ってエフェクト処理だとかは、ほとんどやらなかった。ただ、こういう抽象的な作品の場合は定位バランスも自由に決められるから、いろんな実験ができるんです」
――へえ! そのあたり具体的にどんな実験をされたのか教えてほしいです。
ジム「通常のバンド編成をミックスする場合は、センターにキックやベース、主旋律がきて、左右にギターや鍵盤を配置して……というふうに、ある程度はバンドの姿が見えるような音像にするわけだけど、今作は、どこから鍵盤が鳴ってもどこにキックを置いても自由でした。テクニカルなことを言うと、例えばドラムのオーヴァーヘッド・マイクの、右側のマイクの位相だけをあえてズラして、耳の後ろから音が聴こえるようにしたり。それがサラウンドのように聴こえるんだと思いますね。ミックスの30%は位相の調整なんです。それは若い頃に電子音楽やテープ音楽で学んだこと」
石橋「素材を楽器や歌として扱うのではなく〈音〉として扱うということだよね。そうすることで歌モノのアルバムよりも、もっと有機的になる」
ジム「そう。だから、そんなふうに感じてもらえて良かったです」
山本「ホントに3Dみたい」
――今作を聴いていると、バンドが演奏している姿ではなく映像がまず浮かんでくるのも、そういうアブストラクトな音像に仕上げているからかもしれないですね。となると、編集作業は大変だったんじゃないですか?
ジム「ミックスの最初の3か月間は、ひたすらセッションを聴き込みましたね。それで、個々の演奏がどうなっているか、セクションごとにどんなことが起きているのかを把握して、それから全体像を考えながら組み直していきました。あ、ここに必要なのは、英子さんが35分くらいに演奏したピアノの音だな、とか(笑)」
石橋「気の遠くなるような作業だね」
ジム「やっているときはほとんど感覚でやっているので、具体的にどこでどんなふうに組み立てたかは全然覚えていないですけどね。プロ・トゥールスのセッション・ファイルを開けば全部残っているけど、おそらくとんでもないことになってるはず(笑)」
この3人での演奏はライフワークみたいなもの
――この3人で演奏する際の大きな特徴や約束事などはありますか?
石橋「ライヴでもレコーディングでもそうなんですけど、カフカ鼾の場合はメンバー3人のなかに暗黙のルールみたいなものはある気がしますね。具体的に言葉にするのは難しいんですけど、まずは、ゆっくり演奏するということ(笑)。次から次へと引き出しをポンポン開けていくというよりは、周りの音をゆったりと聴きながら、丁寧に音を鳴らしている感じ」
ジム「ゆっくり演奏すれば、おそらく観客も私たちの思考の流れを理解しながら聴くことができる。例えば、グレン・グールドのバッハを聴くと、まるで彼の考え方が聴こえてくるような感じがします。もし、彼がもっと速く演奏していたら、それは聴こえてこないでしょう」
――演奏しているときは、どんなことを考えていますか?
石橋「音楽を全体的に扱うというか、音色とリズムと音から立ち上がる何かをすべて感じながら演奏しています。ものすごく貴重な時間だし、この3人だからこそできる何かがあるように思います」
山本「例えば、じゃあ始めようと言って演奏するでしょう? そこで、誰かが初めに音を出すわけですよ。で、そのアイデアを気に入ればみんなも付いてくるけど、気に入らなければシーンとしてる。誰も何も弾かない(笑)」
ジム「フフフフ(笑)」
――あ、そういう状態もあるんですね!
山本「あります、あります。例えば最初の2分くらい、俺がシンバルでシャーッとやっていても、誰も何も乗ってこないからそこで終わるということもある(笑)。それでちょっと傷つきつつ、次のアプローチを考えるわけです。そのやりとりもまたおもしろかったりする。シンバルがシャーッと鳴った!と思ったら、あっという間に鳴り止んで、ションボリしてる僕の様子をおもしろいと感じた英子さんとジムさんが、今度は同時に演奏しはじめたりするんです。それって、ユーモアのセンスも関係してる」
石橋「そうだね」
ジム「作戦もある。まったく反対のことをしたりね」
山本「そうそう。例えば、俺がリズムをグアーッと叩き出しているのに、2人はわざと静かにゆっくりと演奏していたりね(笑)。そうするとこっちは不安になってくるけど、ここは負けちゃダメだ!と思ってそのまま突っ走ってみる。それで後から〈何やってんだ、お前〉と怒られる」
一同「ハハハハ(笑)!」
――そんなせめぎ合いが行われていたんですね。
山本「でも全員が〈良いね!〉と思える瞬間は、突然訪れたりするんですよね」
――ということは、そこに至るまでのせめぎ合いも必要だし、大切なわけですよね。
石橋「むしろ、そこがいちばん大事という感じもしますね。後で聴き直してみて、演奏しているときにあまり達成感もなく良かったかどうかわからないときほど、後で聴き直して良いと思うことがあるし、やっているときに〈最高!〉と思いながら演奏することはあんまりないかもしれない。なので、集中力とそれを持続させる体力が結構必要なんです。あんまりハッピーな感じではないですよね(笑)。作っているときも、別にCDにしようとは特に思っていない。私たちにとっては、この3人での演奏はライフワークみたいなものというか」